ストーリー
数多くの名馬を送り出し、日本の競馬を変えたといわれる大種牡馬サンデーサイレンスが急逝したのは2002年の夏。その5か月前、ディープインパクトは誕生した。奇しくも父サンデーサイレンスと同じ3月25日生まれ。思えば生まれながらにしてディープインパクトは、父の偉大さをあらためて証明する存在としての宿命を背負っていたのかも知れない。
宿命に導かれて、ディープインパクトはコンパクトな馬体に詰まったあふれるほどのエネルギーをレースで発散させた。
直線だけで瞬く間に他の馬を突き放した皐月賞。馬場の真ん中を雄雄しく駆け上がった日本ダービー。そして、単勝オッズ1.0倍という絶対的支持を背負って圧勝した菊花賞。無敗のままで史上6頭目の三冠馬となったディープインパクトは、その圧倒的なパフォーマンスゆえに、もはや“サンデーサイレンス最大最後の傑作”としての立場を超え、唯一無二の存在、社会現象の中心に位置する馬となっていったのだった。
負ける姿など想像できない。誰もがそう認めるディープインパクトだったが、競馬の神様は大いなる蹉跌と試練をこの馬に与えた。
史上初となる無敗のグランプリ制覇を賭けて出走した有馬記念で、まさかの2着敗退。1歳年上のハーツクライにGI初制覇を献上してしまう。
翌2006年、4歳となったディープインパクトは天皇賞(春)と宝塚記念を連勝して5冠達成、有馬記念の悔しさを晴らしたかに思えたものの、さらなる苦難を味わうことになる。
日本馬初の優勝という夢が託された世界最高峰の一戦、フランス・ロンシャン競馬場における凱旋門賞。日本から詰め掛けた大勢のファンの声援に後押しされ、ディープインパクトは最後の直線に向かう。だが、伸びない。
結果は3位入線。しかも馬体から禁止薬物が検出されたとして失格の処分。英雄ディープインパクトには、一転、期待を裏切った馬とのレッテルが貼られてしまったのだった。
ディープインパクト最大の特徴、そして最大の魅力は「まるで空を飛ぶようだ」と称される走りである。道中は中団から後方をゆっくりと追走し、3コーナー過ぎからおもむろに、しかし余裕たっぷりにペースを上げて進出すると、直線でも再加速。まさに“飛ぶ”ような勢いで他馬を置き去りにするのだ。
その走りを忘れ、失意とともに帰国したディープインパクトに冷ややかな視線を注ぐ者もあった。だが、英雄は鮮やかに立ち直る。
ジャパンカップ。直線入口で先行各馬を射程圏に捉えたディープインパクトは、怒涛のラストスパートで勝利、完全復活を遂げる。
続く有馬記念。昨年は涙を呑んだこのレースでもディープインパクトは圧勝、飛翔する姿をファンの目に焼きつけたのである。
通算14戦12勝、GIは史上最多タイとなる7勝、獲得賞金は14億円超。さまざまな記録とともに走る姿そのものも記憶に残す。ディープインパクトは、そんな名馬であった。