ヴァーミリアン 長期にわたり君臨したダート王

ヴァーミリアン
Photo by Japan Racing Association

ストーリー

中央、地方のさまざまな競馬場で行われるダート重賞。実力はもちろん、どんな条件でも安定して力を発揮する適応力がなければダート王の座に就くことはできない。ダートでG1・9勝を記録したヴァーミリアンは、そんな条件を見事にクリアしたダート王だった。

ヴァーミリアンのデビューは04年。芝1800mの新馬戦を快勝し、オープン特別で連続2着。そして4戦目のラジオたんぱ杯2歳S(現NIKKEI杯)を制し、クラシックの有力候補に数えられた。ところが翌05年、年明け初戦のスプリングSで14着と大敗すると、皐月賞、京都新聞杯と連続12着。ダービーを断念して秋に備えたが、神戸新聞杯でも10着と、2歳時の力をまったく見せることができなくなってしまった。

ここで、陣営は半兄サカラートが結果を出していたダート路線への転向を決断。その初戦・エニフSで勝利を飾ると、はじめての地方競馬・浦和記念に遠征してここも連勝。ダートで本来の力を見せ始めたのだった。

しかし、翌06年春は船橋のダイオライト記念1勝のみで、本格化はこの年の秋。心房細動明けのジャパンCダート4着で始動すると、名古屋グランプリを6馬身差の圧勝。さらに07年1月の川崎記念では、地方競馬の強豪・アジュディミツオーを4コーナーで楽々と交わし去ってG1初制覇を飾った。

直後のドバイワールドC遠征では大差の4着に敗れたヴァーミリアンだったが、国内ではこの時期から無敵の強さを発揮する。秋初戦・大井のJBCクラシックでフリオーソを問題にせず快勝すると、続くジャパンCダートでは中団追走から直線で抜群の末脚を繰り出しレコードタイムで完勝。返す刀で東京大賞典も楽勝し、この年のJRA賞・最優秀ダートホースに選出された。

年が明けてもヴァーミリアンの強さに陰りは見られず、距離が心配されたフェブラリーSも好位から楽々と抜け出し優勝。さらに、秋にこの年は園田で行われたJBCクラシックでサクセスブロッケンとのマッチレースを制して連覇を達成したのだった。

JBCクラシックでG1・6勝目を挙げたヴァーミリアン。しばらくこの馬の時代が続くかと思われたが、連覇のかかったジャパンCダートでは追い比べで遅れを取って3着。東京大賞典2着を挟み、09年のフェブラリーSでは6着敗退。この時期から中央のダートでは苦戦を強いられるようになっていた。

しかしヴァーミリアンは、地方競馬で相手をねじ伏せるような競馬では強さを発揮し続けた。帝王賞は4角先頭から楽に押し切り、古馬ダート中距離G1の完全制覇を達成。そして秋のJBCクラシックでは、ラチ沿いに押し込められる苦しい態勢からきわどく差し切って、大井、園田、名古屋と3場をまたにかけて3連覇。さらに翌10年には、07年にG1初制覇を飾った思い出の川崎記念を制し、史上最多となるG1・9勝の記録を残して、同年末に現役を引退した。

ほかに7年連続重賞制覇、ダート最多獲得賞金などの記録を残したヴァーミリアン。近親にダイワスカーレットなどがいる名牝系、そして早世したエルコンドルパサーの貴重な後継種牡馬でもあり、その産駒の活躍が期待されている。

基本情報

性別
出生年月日 2002年4月10日
毛色 黒鹿毛
エルコンドルパサー
スカーレットレディ
競走成績 34戦15勝 (中央:19戦5勝、地方:13戦10勝、海外:2戦0勝)
獲得賞金 11億3285万9000円
表彰歴 2007年 最優秀ダートホース
主な勝鞍 2007年 ジャパンカップダート G1
2008年 フェブラリーステークス G1
2004年 ラジオたんぱ杯2歳ステークス G3
厩舎 石坂正(栗東)
生産者/産地 ノーザンファーム (早来町)
馬主 勝負服 サンデーレーシング
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