セレクトセール2022 藤田晋氏インタビュー

藤田晋氏

株式会社サイバーエージェントの代表取締役である藤田晋氏が馬主資格を取得したのは、昨年のことだった。初年度となった現3歳世代から、ドーブネがデビュー2連勝で朝日杯フューチュリティSに出走し、ジャングロがニュージーランドTを優勝するなど、所有馬がいきなり活躍。また昨年のセレクトセールでは、計18頭を総額23億6200万円で落札して大きな話題を呼んだ。そんな藤田オーナーに、馬主になったきっかけや、今年のセレクトセールへの意気込みなどを伺った。

Chapter1 ドーブネは思っていた以上に高くなりました

昨年、馬主資格を取得されるまでは、いち競馬ファンとして馬主やセールというものをどのようにご覧になっていましたか?

藤田氏 馬主になりたいという気持ちはずっとあったのですが、セールについてはほとんど知らなかったですね。ゲームの「ダビスタ」とかに出てくるな、というくらいでした。

好きだった馬には、トウカイテイオー、マイネルラヴなど、1990年代の名馬を挙げられています。

藤田氏 あの頃は、すごく競馬が熱い時期だったと思うのです。馬主になってみると、競馬関係者や記者の方たちには僕と同じくらいの世代の方が多くて、やっぱりみんなあの時代に競馬の面白さにハマったのだなと思います。僕もきっかけは馬券でしたが、そういう馬たちから、競馬って泣けるくらい感動するものなのだと教えてもらいました。

馬主になったのは、2020年末の武豊騎手との雑誌の対談がきっかけだったとか。

藤田氏 対談の中で、武さんに「馬主になられたらどうですか」と言われました。僕は起業の時に恩師と言える先輩経営者に、「馬とフェラーリだけ買わなければ、何をやってもいい」と言われていたので、馬主になりたいと思っていても踏み切れずにいました。それが、その年の新年会で「もうあれはいいから」と言ってもらって。武さんの言葉でそれを思い出して、そうか、やれるな、と思いました。

藤田晋氏

ちょうどその対談の直後の時期に、ゲーム「ウマ娘 プリティーダービー」(関連会社の株式会社Cygamesが開発)がリリースになりました。

藤田氏 よく言われますが、直接の関係はなくて、本当に偶然なのです。もちろん、もうすぐリリースになることは頭の片隅にはありましたけど。関係があるとしたら、ゲームが好評だったおかげで、馬の購入予算を増やせたことですね(笑)。

昨年2月に馬主資格を申請すると、翌3月にはもうアメリカのOBS(オカラ・ブリーダーズ・セール社)マーチセールで馬を購入されています。すごいスピード感ですね。

藤田氏 武さんから紹介していただいた森秀行調教師に「(馬主)申請中の状態でも馬を買うことはできる」と教えていただいて。しかも馬は買ってから1、2年待たないとデビューできないと思っていたのですが、2歳トレーニングセールで買えば早ければ夏にはもうデビューできると知って、それならと決断しました。

初めてのセールでしたが、4頭の購入馬の中には、のちにニュージーランドTを勝つジャングロ(牡、父More Than Ready×母Goodbye Stranger)がいました。

藤田氏 僕は現地には行かず、森さんと電話で話しながらでしたが、カタログを見てもアメリカ産馬でよくわかりませんし、基本的にはお任せでした。ただ、損をさせないように気を使ってくださって、最初は結構途中で降りていたのを、「楽しみたいので、もう少し行って大丈夫ですよ」とは言いましたね。でも結局ジャングロは26万5000ドルで、ここまでの僕の所有馬の中では下から2番目の価格です。それがGUを勝つのですから、わからないものですよね。

昨年5月の千葉サラブレッドセールでは、のちのドーブネ(牡、父ディープインパクト×母プレミアステップス)を4億7010万円で購入して話題となりました。

藤田氏 1年目からクラシックを狙えるような馬を、しかもこんなに馬主として出遅れた自分が持てるチャンスがあるなら、その分のプレミアで払ってもいいとは考えていたのです。でも思っていた以上に高くなりました。「5億円まで」と言っていて、あと少しでストップしようと思っていた手前で落とせたのですが、結局、消費税を入れると5億円(5億1711万円)を超えています(笑)。

ドーブネ

ドーブネ

今年の同セールでも、父モーリス×母フローラルカーヴの牝馬を最高価格の5840万円で落札されました。

藤田氏 ドーブネが朝日杯フューチュリティSに出てくれましたし、十分楽しめていますからね。ただ今年はそんなに高くならなかったと思っていたのですが、終わってみたら思いのほか最高落札額と言われた感じです。

Chapter2 馬主はすごくCEOの仕事に似ています

昨年はセレクトセールにも初めて参加されましたが、いかがでしたか?

藤田氏 セレクトセールは本当に楽しかったですね。あの時からもう1年経ったかという気持ちです。アドレナリンが出ますし、終わってみると、また実施されないかなと思うほどの中毒性があります(笑)。僕は自分の中では相当、冷静に参戦したつもりでしたが、それでもそう思いますから。

2日間で1歳馬12頭、当歳馬6頭の計18頭を購入。1歳馬は馬体を重視、当歳馬は血統を重視したという戦略も明かされていました。

藤田氏 この時点で僕の所有馬は2歳馬だけでしたから。各世代に期待馬をそろえるためにも、目標は“1歳馬10頭、当歳馬5頭”とまずは1歳馬を中心にして、概ねその通りに買えました。1歳馬を馬体重視で選んだのは、日本の競馬界の慣習で、良い血統の馬は早いうちに売られる傾向があると聞いたからです。まあ、この方法が正しいかどうかは現時点ではまだわかりませんけどね。

藤田晋氏

血統は血統の、馬体は馬体の専門家の意見を参考にしたというやり方も、非常に興味深いものでした。

藤田氏 もちろん自分でも見ますけど、わからないですからね。専門家の意見を集約して、最終的に決めるのが自分、という意味では、馬主はすごくCEO(最高経営責任者)の仕事に似ていると感じます。本業でも、エンジニアの仕事は僕にはできないし、クリエイティブも自分で手を動かすわけではない。資金配分や資金効率を考えて最終的に決めるのが仕事ですから。

その資金ですが、誰にも金額を明かさず30億円を用意されていたとのこと。結局、購入総額は23億6200万円でした。

藤田氏 金額を明かさなかったのは、千葉のセールでドーブネを5億円で買ったこともあると思うのですが、資金がわかってしまうとマークされて、吊り上げる人も出てくると教えられたからです。本当にそうなっていたかはわからないですけれども。ただ僕も、高い馬を買いそうな方は、どこまで出してきそうかという推測はしたりしています。

1歳セッションに4頭いたディープインパクト産駒は、1頭も購入されませんでした。

藤田氏 これもドーブネを買ったからだと思うのですが、最初から僕のスコープには入っていなかったのに、不思議なほど僕が買うと思われていたようです。手を挙げる人がいたら、鑑定人に伝える方(スポッター)が、何かじっと僕を見てくるような気がしていました(笑)。

好きだった馬の産駒だから、などの理由で購入した馬はいますか?

藤田氏 それはやらないようにしています。ですから、ロマン派ではないですね。最初に友人になった馬主の方からも「血統のオタクになると失敗しちゃうよ」とアドバイスをいただきました。だから「ウマ娘」の血統の馬を買っていましたね、と言われても、実はまったく意識していなかったということもあります。

せりで実際に手を挙げる瞬間、緊張されたりはしましたか?

藤田氏 それはまったくありませんでした。思いきり「ハイ!」と挙げると恥ずかしいとは最初に言われていたので、粛々とやっていましたね。買えなかった馬は結構います。最初に手を挙げたホットチャチャの2020(牝、父ロードカナロア、競走馬名リアリーホット)もそうですし。当歳馬で最高価格だったセルキスの2021(牡、父キズナ)も、ギエムの2020(牡、父シルバーステート)もアンダービッダーでした。

逆に買えた馬の中で、特にこだわって競った馬はいますか?

藤田氏 フェイト(サンタフェチーフの2020、牡、父リアルスティール)やリプレゼント(ファイネストシティの2020、牡、父ロードカナロア)は、結構な金額になっても買おうと思っていました。

リプレゼント(ファイネストシティの2020)

リプレゼント(ファイネストシティの2020)

セレクトセールは競馬関係者の社交場とも言われますが、いかがでしたか?

藤田氏 本当にそうでしたね。実際、預けたいと考えていた調教師さんには、ほぼ全員お会いできました。当然ですが馬主の方もたくさんいらっしゃいましたね。僕は頭数をそろえるつもりだったので、ずっとせり会場で勝負していたのですが、「いつまでここにいるんだ、テントへ帰って飲もうよ」と誘っていただいたりもしました。

注記:当コンテンツの取材は、2022年6月15日に行っております。
注記:金額は、全て税抜金額

ライタープロフィール

軍土門隼夫(競馬ライター)

競馬雑誌編集者を経てフリーとなる。『優駿』『Number』などに寄稿。
近著に『衝撃の彼方 ディープインパクト』(三賢社)