「セレクトセール2022」の初日、1歳セッション当日の朝はあいにくの曇り空だった。
この日の午前7時から始まった事前下見も、厩舎の周りにいる購買者の数が少ないようにも見受けられる。それを知り合いの牧場スタッフに尋ねると、
「確かに今日は少ないですが、土曜日、日曜日と例年より多くの購買者の方に足を運んでいただきました」
と笑顔を向けてくる。実際に会場に近づいていくと、多くの購買者とすれ違うようになり、開催に先駆けて行われたオープニングセレモニーでは、司会を務めた海外競馬評論家の合田直弘氏からも
「昨年、一昨年よりも、相当たくさんの方に足をお運びいただいております」
との言葉が聞かれた。
今年のセレクトセールは検温や消毒といった充分なコロナ対策を行う一方、事前登録をした購買者に随行する関係者の人数緩和もあって、コロナ禍前を思わせるような来場者があった。
その合田氏に紹介される形で、日本競走馬協会会長代行の吉田照哉氏が挨拶に立つ。
「セレクトセールは今年で25回目です。25年の間に、セール出身馬はG1だけでも120勝をあげ、最近では海外のG1を勝つ馬も珍しくなくなり、さらに国際的な競走馬市場となった感もあります。高額取引馬に注目が集まるセレクトセールですが、実際のところは価格帯を問わずに活躍馬が多く輩出されています。今年の上場馬もバラエティに富んでいますので、その中から縁のある馬に出会っていただきたいと思います」
と話した。
今年のセレクトセール、最初の上場となったのはサマーハの2021(牡、父リアルスティール)。兄のシャケトラもセレクトセール出身馬であり、重賞で3勝をあげる活躍を残している。
リザーブ価格が設定されていない上場番号1番のサマーハの2021に対してかけられた最初の一声は5000万円。そこから1000万円単位で数字が書き換わっていった結果、いつしか電光掲示板の数字は1億円を示していた。
その後も活発な競り合いは続いた結果、1億8000万円でこの日、最初のハンマーは落とされた。
落札したのはDMMドリームクラブ。粟津浩樹レーシングマネージャーは、
「これまでセールを支えてきた種牡馬の産駒がいなくなり、購買者の中にも様子見のムードがあると思い、早めに勝負しました。1歳セッションではリアルスティールの牡馬が少なかったことに加え、以前から欲しいと思っていたサマーハの仔だけに、この馬はどうしても欲しかった1頭です」
と話した。DMMドリームクラブは上場番号2番のシンハディーパの2021(牡、父レイデオロ)も落札したのだが、なんとそこから4頭の欠場馬を挟んで、上場番号56番まで連続での落札が続いていく。
その間にはアウェイクの2021(牡、父エピファネイア)のようなミリオンホースが続々と誕生する一方で、リーズナブルな価格帯の取引馬も落札されていく。それは吉田照哉会長代行が話したように、まさにバラエティに富んだセレクトセールのラインナップのなし得るセール結果と言える。
そうした中で、フォースタークルックの2021(牡、父ドゥラメンテ)を2億円、今春の牡馬クラシック戦線を沸かせたダノンベルーガの半妹となるコーステッドの2021(牝、父ダイワメジャー)を2億1000万円で落札するなど、次々と高額馬を落札していったのが藤田晋氏。藤田氏はこの1歳セッションで9頭を落札し、うち4頭がミリオン超え。昨年に引き続き、好況に沸くセールをさらに盛り上げていた。
また、シーヴの2021(牡、父ドゥラメンテ)を2億2000万円で落札した国本哲秀氏は、2020年の1歳セッションで、シーヴの2021の半兄であるショウナンアデイブを国内の1歳市場では最高額となる5億1000万円で落札している。
「馬主にとって競走馬は夢です。一昨年のセレクトセールで購入したショウナンアデイブとは少しタイプが違うと思いますが、デビューするまで、そして引退するまで、私に夢、ロマンを感じさせてくれる馬だと思います」
と話した後に、ショウナンアデイブの秋以降の活躍にも期待を寄せていた。
今年の1歳セッションで最高額のリザーブ価格となる1億円に設定されたモシーンの2021(牡、父モーリス)は、最初の一声でいきなり2億円が告げられる。その後も至る所から取引の声がかかり続け、3億円に続いて4億円を突破。結果、この日の1歳セッションの最高額となる4億5000万円で(株)ダノックスが落札した。
その後も、わずか5世代の産駒しか残せずに急死したドゥラメンテ産駒のジェイウォークの2021(牡)を、3億円でツーワンレーシングが落札。
2020年に種牡馬を引退し、現1歳世代がラストクロップとなるハーツクライ産駒では、スパニッシュクイーンの2021(牡、父ハーツクライ)を藤田晋氏が1億7500万円で落札。アレイヴィングビューティの2021(牡、父ハーツクライ)を金子真人ホールディングス(株)が1億7000万円で落札するなど、貴重な上場馬たちにも高い評価が与えられていく。
さすがにせりの後半は主取となる上場馬が出てきたものの、それでも上場番号149番のパセンジャーシップの2021(牝、父エピファネイア)の落札時に、総売上額が100億円を突破。そして、上場番号191番のハートシェイプトの2021(牝、父サトノダイヤモンド)が落札された瞬間に、前年の総売上額かつ、従来の1歳セッションレコードだった116億3300万円を更新した。
その後はミリオンホースこそ誕生しなかったものの、売却総額は128億7000万円を記録。前年の数字に約12億円を上乗せする形でセールレコードを大きく更新した。この日の233頭の上場馬のうち、222頭が落札。売却率の95.3%はセールレコードだった前年(93.4%)をさらに更新する結果となった。
ミリオンホースの数の25頭は、前年(28頭)から数字を減らしたが、平均価格の約5797万円は前年(約5147万円)を上回った。何よりも前年(3500万円)を大幅に上回る4200万円という中間価格に証明されるように、4千万円代を契機として活発な取引が行われたことが、セールレコードにつながった感がある。
セールの後、会見に臨んだ市場長代理かつ、ノーザンファーム代表の吉田勝己氏は、
「販売申込者がより良い上場馬をそろえるために血統レベルを上げる一方で、飼養管理技術も向上させています。それを購買者の方々に高く評価いただいたことが今回の結果になったと思います。今年は海外からの購買者を含め、新しい購買者の方に多く参加いただいたことで、結果的にセール終了までの時間がかかってしまいましたが、数字的には、今日のせりは驚き以外の何ものでもありません」
と笑顔を見せていた。
会見終了後、顔なじみの記者と談笑を始めた吉田勝己代表は、
「1歳市場は血統だけでなく、飼養管理も含めて素晴らしい馬がそろっていましたが、明日の当歳市場はさらに素晴らしい上場馬がそろっているだけに、今日以上に盛り上がると思います」
との言葉を残して、その場を立ち去った。
その吉田勝己代表の言葉は、当歳セッションのスタートと共に現実となった。
午前8時から開始された比較展示にも多くの購買者が足を運んでいたが、この日、最初に鑑定台に姿を見せた上場番号301番のチェリーコレクトの2022(牡、父レイデオロ)から、せりはヒートアップしていく。
そのチェリーコレクトの2022を8600万円で河合純二氏が落札すると、302番のレディイヴァンカの2022(牝、父キズナ)がこの日、最初のミリオンホースとなる1億2000万円で藤田晋氏が落札。
その後もコールバックの2022(牡、父ドゥラメンテ)を2億6000万円でビクトリーサークルが落札。この当歳世代が初年度産駒となる、上場番号316番のカゼルタの2022(牡、父サートゥルナーリア)を1億4000万円で(株)ダノックスが落札するなど、ミリオンホースが続々と誕生していく。
この日、最初のトリプルミリオンホース(3億1000万円)の取引馬となったのが、アウェイクの2022(牡、父ブリックスアンドモルタル)。落札者となった国本哲秀氏は、
「何度も下見に来ましたが、その時々の成長過程から、この馬だと決めていました。ブラックタイプ的にも距離は持ちそうですし、ブリックスアンドモルタルもまた、日本競馬向きの種牡馬だと思っています。この馬に関わった関係者の方々や、競馬ファンの皆さんと共に夢を追える馬、そして実現できる馬になってもらいたいです」
と期待を寄せていた。そして、この日、2頭目のトリプルミリオンホースとなったのが、3億円で金子真人ホールディングス(株)が落札した、上場番号339番のラルケットの2022(牡、父サートゥルナーリア)だった。
新種牡馬や産駒デビュー前の種牡馬に高い評価が送られる一方で、既に牡馬、牝馬の双方でクラシックホースを送り出したエピファネイア産駒のシーズアタイガーの2022(牝)が、牝馬の取引馬の最高額となる2億8000万円で(株)NICKSが落札する。
「今年のセレクトセールの1歳、当歳を合わせて、この馬が目玉だと思っていました。動き、血統、馬体全てが素晴らしく、繁殖牝馬としての価値も含めての評価額となりました」
と(株)NICKSエージェントの竹内啓安氏。その後もミリオンホースの誕生が続いていく中で、この日、3頭目のトリプルミリオンホースとなったのが、3億円で落札されたモシーンの2022(牡、父エピファネイア)。
落札の瞬間を見守った関係者は、
「良かったですし、狙っていた馬だけにうれしいです。入厩先などは、ノーザンファームの吉田勝己さんなどと相談しながら決めたいと思います」
と話していた。その後もミリオンホースや、ダブルミリオンホースが続々と誕生していく中で、この日、4頭目のトリプルミリオンホースとなったのが、レッドホースが3億2000万円で落札した、上場番号393番のシャンパンエニワンの2022(牡、父ドゥラメンテ)。この日、取引されたドゥラメンテ産駒では最高額の取引馬となった。
この時点でのミリオンホースの数は21頭。その後もミリオンホースは立て続けに誕生していき、取引総額は100億円、そして、前年の当歳セッションの落札総額(109億2300万円)を突破。ミリオンホースの数も当歳セッションでは過去最多となる26頭を数えた。
今年のセレクトセールのトリを務めたのは、上場番号541番のミカリーニョの2022(牡、父サートゥルナーリア)。リザーブがない上場馬でもあり、最初の一声に注目が集まる中、会場内に響いたのは5000万円の評価。そこから留まることなくせり上がっていった金額は、いつしか1億円、そして2億円を突破していく白熱ぶりで、2億2000万円に電光掲示板が書き換わってからしばらくしてハンマーが落とされた。落札者はモシーンの2022も落札した(株)ヴェルとなっている。
ミカリーニョの2022が落札された瞬間、会場には大きな拍手が鳴り響いた。この当歳セッションでは236頭の当歳馬が上場され、うち225頭が落札。売却率は95.3%となり、2年連続の90%超えとなっただけでなく、セレクトセール当歳セッションのレコードにもなっている。
売却総額の128億9250万円は前年(109億2300万円)を大幅に上回るセレクトセールレコード。平均価格の5730万円もまた、それまでのレコードだった前年(約5128万円)を大きく更新した。
2日間を通しての売上総額は257億6250万円となり、こちらもセレクトセールレコード。税別で1億円以上の取引をされた馬は、こちらも過去最多となる53頭を数えた。
セール終了後に記者会見に臨んだ、日本競走馬協会会長代行の吉田照哉氏は、
「せりが始まる前は、今日の世界情勢も考えた上で、せりが盛り上がるのかなと考えたこともありましたが、下見に来てくださる購買者の数も例年以上に多く、この売上も含めて、予想をはるかに超えた取引となりました。購買者の層が厚くなったことが、高額落札馬の数だけでなく、平均価格の上昇にもつながった印象を受けます。究極に近い結果となった感もありますし、それだけ馬を購入したいと思われる方にせりに参加していただけたと思います」
と笑顔を見せていた。
注記:金額は、全て税抜金額
ライタープロフィール
北海道在住の“馬産地ライター”として、豊富な取材をもとに各種競馬雑誌で活躍中。