ストーリー
デビュー時は単なる「期待馬」の1頭だった。しかし、自らだけでなく兄弟や近親も大活躍。引退を迎えるころには「超良血」と呼ばれていた。そんな名馬が95年のオークスなどを制したダンスパートナーだ。
父・サンデーサイレンスは米年度代表馬、そして母・ダンシングキイは輸入牝馬だが、父の初年度産駒で、母の産駒が日本未出走では「良血」とまでは言いがたい。しかし、94年春に半兄・エアダブリンが日本ダービーで2着に好走。そして夏からは、父の産駒が続々と好成績を収める大活躍。この馬がデビューを迎える95年1月には、「良血馬」の1頭として注目を集めるようになっていた。
そのデビューは小倉芝1200m戦を中団から差し切って見事に1着。しかし、エルフィンS、チューリップ賞で2着に敗れると、牝馬クラシック第一弾・桜花賞は、出遅れからの追い上げ及ばずワンダーパヒュームの2着。3連続2着と勝ち切れない競馬が続いてしまった。
さらに、続くオークスもスタートで出遅れ。しかし今度は、十分に距離があり、直線も長い東京芝2400mが舞台。1コーナーで中団まで盛り返すと、4コーナーでは大外からまくり気味に先行集団の直後。直線は馬場の中央に持ち出すと、チューリップ賞で後塵を拝したユウキビバーチェとの叩き合いに競り勝つ。欲しかった2勝めを、この大舞台で手に入れたのだった。
その後も、夏はフランスに遠征(2、6着)、そして秋は菊花賞挑戦(1番人気5着)と話題を集め、年明けには最優秀4歳牝馬(現3歳牝馬)のタイトルも受賞したダンスパートナー。しかし、この年の勝ち鞍は新馬とオークスの2つのみ。翌96年春には京阪杯(当時5月、2000m)で勝利を挙げたものの、宝塚記念3着のほか、G2でも好走止まりが多く、どうしても勝ち切れない馬との印象はぬぐいきれなかった。
そんな中、秋を迎えるとひとつ下の全弟・ダンスインザダークが菊花賞を制覇。その翌週、この年から古馬に解放された、牝馬同士のエリザベス女王杯は負けられない一戦となった。
8枠15番からほぼ互角のスタートを切ると、道中は5〜6番手をキープ。直線は内から脚を伸ばすと、ヒシアマゾン(2位入線降着)、フェアダンスの強襲をわずかに退け、2つめのG1タイトルを獲得。さらに、JRA賞では最優秀5歳以上(現4歳以上)牝馬に選ばれ、弟ダンスインザダーク(最優秀4歳牡馬)とダブル受賞の快挙も達成したのだった。
翌97年はエリザベス女王杯2着などの成績を残し引退。その後、全妹のダンスインザムードが桜花賞などを制し、近親のスズカマンボが春の天皇賞を優勝。さらに父サンデーサイレンスもG1馬を続々と輩出と、今やダンスパートナーは誰もが認める「超良血馬」となった。09年末現在、産駒からG1馬は登場していないが、デビューした5頭中4頭が勝ち上がっており、今後に「母子G1」制覇の期待がかかっている。