フラワーパーク 勝負根性も持っていたスプリント女王

フラワーパーク
Photo by Japan Racing Association
性別
出生年月日 1992年5月8日
毛色 鹿毛
ニホンピロウイナー
ノーザンフラワー
競走成績 18戦7勝
獲得賞金 3億6393万9000円
表彰歴 1996年 最優秀父内国産馬、最優秀短距離馬
主な勝鞍 1996年 スプリンターズステークス G1
1996年 高松宮杯 G1
1996年 シルクロードステークス G3
厩舎 松元省一(栗東)
生産者/産地 高橋啓 (平取町)
馬主 勝負服 吉田勝己
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ストーリー

フラワーパークの初出走は3歳(現表記)10月の未勝利戦、新潟の芝1600m(1995年)。デビュー前に2度も骨折したため、始動がこの時期までズレ込んでしまったのだ。しかも結果は5番人気10着という平凡なもの。この馬が後に大偉業を成し遂げることになろうとは、誰も想像できなかったに違いない。

だが11月、同じく新潟のマイルを走った2戦目で初勝利をあげると、そこから一気にフラワーパークは上昇気流へと乗っていく。

500万下の恵那特別を4馬身差で圧勝し、さらに900万下・千種川特別も逃げ切り勝ち。なんとデビューから2か月で3勝をマークしてしまう。

明けて1996年。4歳初戦の石清水Sでは3着に敗れたものの、続くうずしおSで準オープンを突破。陽春S2着の後、シルクロードSでは重賞初挑戦初勝利を果たした。

瞬く間にフラワーパークは、短距離路線の有力馬へと駆け上がっていったのである。

フラワーパークの父はニホンピロウイナー。マイルCSを連覇し、安田記念も制覇して3年連続で最優秀スプリンターに選出された稀代の快速馬だ。そのスピード豊かな血はフラワーパークにもしっかりと受け継がれていた。

またニホンピロウイナーが活躍したのは、ちょうど距離体系が整備され、グレード制が導入された時期。おかげで短距離王の称号を得たニホンピロウイナーは「グレード制の申し子」などと呼ばれたのだが、同じような偶然がフラワーパークにも訪れる。この年から高松宮杯が2000mから1200mに短縮、GIに昇格していたのだ。

初代王者の座を狙って、前年のスプリンターズS優勝馬ヒシアケボノ、同2着のビコーペガサスが出走、加えて三冠馬ナリタブライアンの参戦も話題を呼んだ新生・高松宮杯。フラワーパークは、デビューからまだ7か月にも満たず、GI初挑戦にも関わらず、見事にこの一戦を制してみせた。

2〜3番手を追走していたフラワーパークは、4コーナーで早くも前に並びかけ、そして直線では後続を力強く突き放す。結果は2馬身半差の快勝。懸命に追いすがるビコーペガサスやヒシアケボノ、さすがの末脚で追い込んできたナリタブライアンを封じ込め、レコードタイムまで叩き出して、フラワーパークは春の短距離王の座に就く。

この勝利が勢いだけのものではなかったということを、秋になってフラワーパークはスプリンターズSで証明してみせた。

2番手追走のフラワーパークは、直線に入ると、一歩、また一歩と逃げるエイシンワシントンとの差を詰める。遂に2頭が並んだところがゴール。長い写真判定の末、わずか1cmという競馬史に残る僅差で軍配はフラワーパークに上がった。

スピードだけでなく勝負根性も見せつけて、フラワーパークはスプリント女王の頂へと達したのである。

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