「今も昔も馬を壊さないようにすることを最優先にしている」
ここからはこれまでの調教師人生を振り返ってください。開業当時は集団調教や馬なり調教などが批判されたこともあったそうですね?
「イギリスで修業をしてきた自分としては当たり前のことをしているつもりで、何も改革を起こしてやろうという気ではありませんでした。でも、集団調教にしても馬なり調教にしても日本でやっている厩舎はなかったので、色々と言われましたね。調教師から『集団で危ない』と言われたこともあるし、『馬なりじゃ仕上がらない』とご丁寧にわざわざ教えてくれる人もいました(笑)」
身内である厩舎スタッフが反対したこともあったと、そのスタッフ自身から聞いたことがあります。
「調教師としては私も若くて、自分よりベテランの厩務員も沢山いましたからよく反対もされました。『うちは今までこういうやり方をしてきた』とよく言われたものです」
そう言われてどう答えていたのですか?
「本心としては『そんなだから成績が出てないないじゃないか?』って言いたかったですよ(笑)。でも馬を走らせることが第一ですから、厩舎内でケンカをしていても始まりません。そこで『まずは5年、言うことを聞いてください。それで走らなかったら文句でも何でも聞くから』と伝えました」
結果、馬が走って皆も従うようになったわけですね?
「やることをやっても競馬で勝てるかどうかはまた運もあるし、別の問題になってきます。そういう中でしっかり結果を出してくれた馬達には感謝しかありませんでした。おかげで5年後に文句を言ってくるスタッフは1人もいませんでした」
結果的に直接、間接を問わず多くの厩舎が藤沢厩舎のやり方を踏襲して現在に至っていると思います。
「いえいえ、自分の影響なんてそれほどではないですよ。それよりジャパンCができたことが大きかったと思います。馬を扱うのは危ないとか力が必要とか言われていた時代だったけど、ジャパンCに出てくる外国馬は女性が曳いていたり、扱っていたりしていました。日本の若い関係者がそれを見て外国のホースマンの管理や扱い方を勉強するようになった。これは大きかったと思います」
開業当初の苦労話としては、馬集めが今以上に大変だったようですね?
「現在みたいなオープンのセリがなくて、ほとんどが庭先で売買される時代でした。そうなると開業したばかりの実績のない調教師が牧場を回っても『この血統はこの馬主さんに決まっている』とか『すでに他の厩舎に入る予定になっている』とか言われ、門前払いされることがほとんどでした。たまに脈がありそうでも『待機の5番目になります』とか言われましたね」
開業当初は外国産馬が多かったのもそういった事情があったからなのですよね?
「そうですね。外国までいけば馬を仕入れられた。逆に言えば、外国まで行かないと仕入れられなかったわけですけどね。ただ、種牡馬をみても内国産が現在ほどすごい時代ではなかったので、外国産馬に不満はありませんでした。外国産馬は当時、クラシックに出走できないなど縛りがありましたが、今は出られるようになって良い時代になりましたね(笑)」
競走馬そのものは昔と現在でどのような違いがありますか?
「大型化に伴って質は確実に上がっていますね。言い方は悪いけど、昔は鈍感な馬が多かった。その頃は根性で走る馬が良いとされる感じでした。でも今は馬なりで進んで行くので、逆にオーバーペースにならないようになだめる感じになってきました。やはりサンデーサイレンスが導入された前と後で大きく変わりました。それまでヨーロッパ主流だった血統がスピード重視になりました」
調教のやり方も時代と共に変化させましたか?
「壊さないようにするというのが最も重要という点では変わらないけど、時代の流れに合わせて変えるところは変えないと置いていかれてしまいます。そういう意味では当然、変化させた部分も多くあります」
始動時期なども変わりましたよね?
「開業してすぐにロンドンボーイをダービーに送り込んで、期待していたけど大きく負けました。当時は気付かなかったけど、能力の高い馬ほど頑張るので、早目に出世した馬ほど走らなくなるのも早くなってしまう。それでしばらくクラシックは意識せずに馬に合わせてゆっくりと始動させるようにしました。でも、そのうち屋根付きの坂路ができるなど牧場の施設が充実して、それに合わせて2歳馬が昔より早くしっかりと仕上がるようになりました。また、JRAの競走番組も2歳戦が早まり、距離のバリエーションも増えました。こうなると以前のようにのんびりしているとクラシックはおろかデビューすらままならなくなります。それは馬にとっても可哀想だし、そもそも仕上がっている馬をわざわざ遅くデビューさせる必要はありません。このあたりは時代の変化に合わせて私も変えていった部分です」
それでも先ほど言われたように“壊さないようにする”というのが最優先であることに変わりはないのですね?
「もちろんです。無理に早くデビューさせる気はない。それは昔も今も同じです」