ストーリー
「気まぐれ」「破天荒」と称される際立つ個性で人気を博したゴールドシップは、2009年に北海道・日高町の出口牧場で誕生した。父ステイゴールドに母の父メジロマックイーンの“黄金配合”による賜物は、波乱万丈の競走生活でターフを湧かせ続けた。
2歳7月の新馬戦をレコードで勝ち上がると、3歳初戦の共同通信杯は好位差しの完ぺきなレース運びで重賞初制覇。皐月賞では馬場の荒れた内を嫌って遠回りする各馬を横目に、最後方から経済コースに突っ込む「ワープ」で颯爽と勝利をさらった。秋は菊花賞でクラシック二冠を達成。有馬記念では古馬たちを豪快に差し切り、G1レース3勝の大活躍で最優秀3歳牡馬に選ばれた。
明けて4歳は阪神大賞典で単勝1.1倍の圧倒的支持に応え、本番の天皇賞(春)でまさかの5着に敗れたものの、次戦の宝塚記念では巻き返しに成功。4度目のG1制覇で通算13戦9勝、2着2回と堅実な戦績を築いていた。
ところが、競走馬が充実するはずの4歳秋からゴールドシップの何かが変わる。京都大賞典で単勝1.2倍を裏切ると、次戦のジャパンCでは2桁着順の大敗を喫し、有馬記念は3着ながら勝ったオルフェーヴルから9馬身半差の完敗。気分次第に我が道を行く姿勢を強めていった。
5歳春は阪神大賞典と宝塚記念を連覇する一方、間の天皇賞は出遅れもあり黒星と1年前の繰り返し。その後はフランスの凱旋門賞に挑戦するも14着、有馬記念も3着とかみ合わない時間が続く。それでも、6歳の阪神大賞典を快勝し同一重賞3連覇の偉業を達成すると、三度目の挑戦で天皇賞(春)制覇。久々の連勝で、再び軌道に乗り始めたかと思われた。
次は好相性の宝塚記念。阪神大賞典に続く3連覇へ単勝1.9倍の厚い支持を集めたが、ゲートで立ち上がると10馬身はあろうかという出遅れで惨敗。その後の2戦も掲示板に載ることなく引退を迎えた。
ゴールドシップのG1レース通算6勝は歴代でも屈指の実績。誰もが認める実力を秘めながら、発揮するかは気分次第でファンや関係者を振り回し、それでも愛される稀有な存在だった。