ストーリー
2月の雨にぬかるんだ阪神の3歳新馬戦、コースは芝1400m・不良馬場。9番人気の牝馬が、1馬身4分の1差で逃げ切ってデビュー勝ちを果たした。
馬の名前は、カワカミプリンセス。
低評価だったのも無理はない。父は、これが2世代目の産駒となるキングヘイロー。世界的良血として知られるキングヘイローだが、自身のGI勝ち鞍はスプリント戦の高松宮記念のみ。初年度産駒が大ブレイクしたわけでもなく、まだまだ種牡馬としての注目度は低いといえた。いっぽう母は未勝利馬タカノセクレタリーで、カワカミプリンセスの兄姉も未勝利、この牝系から目立った活躍馬が出たこともなかった。
つまりカワカミプリンセスのデビュー勝ちは「目をみはるほどでもない1頭の牝馬が、ようやくデビューにこぎつけ、馬場の助けを得て運よく逃げ切った」程度にしか捉えられていなかったわけである。
だがファンは、その評価をたちまち改めなければならなくなる。
6番人気で挑んだ2戦目・君子蘭賞を、今度は一転して最後方からの直線一気で制してみせたカワカミプリンセス。途端に評価は高まり、3戦目のスイートピーSでは1番人気に推され、そしてここでも好位からの差し切りでデビュー3連勝を飾るのだ。
もはや誰もこの馬の勝利を「運よく」などとは表現しなくなり、桜花賞2着のアドマイヤキッス、同1着のキストゥヘヴンに次ぐ3番人気という高評価を得て、カワカミプリンセスはオークスへと臨んだ。
それは、力強いデビュー4連勝だった。直線、坂を駆け上がりながら前との差を1歩ずつ詰め、遂には粘るアサヒライジングを交わし、外を伸びたフサイチパンドラもきっちり封じ込めての先頭ゴール。デビュー以来立ち止まることなく一気に駆け抜けて、カワカミプリンセスは樫の女王に輝いたのである。
“無敗のオークス馬”という称号を手にしたカワカミプリンセス、その強さは秋になっても衰えず、ぶっつけ本番で臨んだ秋華賞も制する。粘るアサヒライジングを力でねじ伏せ、フサイチパンドラやアドマイヤキッスらを振り切って、無敗のまま牝馬二冠を達成してしまうのだ。
残念ながら続くエリザベス女王杯では、1位入線を果たしながら他馬の進路を妨害したとして12着降着の憂き目を見たカワカミプリンセス。が、悲願の戴冠を目指すフサイチパンドラ、連覇を狙うスイープトウショウ、さらにはアサヒライジングやアドマイヤキッス、ディアデラノビアらによる壮絶な叩き合いの中から1馬身半突き抜けてゴールへと飛び込んだ姿に、この馬の“強さ”を実感したファンも多いことだろう。
そうカワカミプリンセスは、シンデレラストーリーならぬプリンセスストーリーを“強さ”で作り上げた馬だった。