ニシノフラワー 新時代の競馬を彩った名牝

ニシノフラワー
Photo by Japan Racing Association
性別
出生年月日 1989年4月19日
毛色 黒鹿毛
Majestic Light
デユプリシト
競走成績 16戦7勝
獲得賞金 4億6970万6600円
表彰歴 1992年 最優秀4歳牝馬、最優秀スプリンター
1991年 最優秀3歳牝馬
主な勝鞍 1992年 スプリンターズステークス G1
1992年 桜花賞 G1
1991年 阪神3歳牝馬ステークス G1
1991年 札幌3歳ステークス G3
1993年 マイラーズカップ G2
1991年 デイリー杯3歳ステークス G2
厩舎 松田正弘(栗東)
生産者/産地 西山牧場 (鵡川町)
馬主 勝負服 西山正行
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ストーリー

関西の3歳(旧表記)王者決定戦だった阪神3歳Sが、東西共通の3歳女王決定戦・阪神3歳牝馬S(現阪神JF)に衣替えしたのは91年のこと。ニシノフラワーはその記念すべき1回目を制し、翌年には桜花賞、スプリンターズSまで優勝した名牝だった。

ニシノフラワーのデビューは91年夏。札幌ダート1000m戦を4馬身差で圧勝すると、続く札幌3歳S(当時芝1200m)も好位追走から楽々と抜け出して3馬身半差で快勝。さらに、デイリー杯3歳S(芝1400m)も同じく3馬身半差で制し、3戦3勝で阪神3歳牝馬Sに駒を進めた。

単勝1.9倍の断然人気に推されたニシノフラワーは、道中3番手の内を追走。手応えよく4コーナーを回ると、直線も末脚を伸ばしてサンエイサンキュー、シンコウラブリイ以下の追撃を退け優勝。騎乗した佐藤正雄騎手、生産した西山牧場ともにG1初制覇で、牝馬限定戦1回目の阪神3歳牝馬Sは初物づくしの結末になったのだった。

4戦全勝で最優秀3歳牝馬に選出されたニシノフラワーは、翌92年、チューリップ賞で始動する。しかし、やや仕掛けが遅れた上、当時は時計のかかった阪神コースが雨でさらに重くなり、切れ味も削がれアドラーブルの2着に初めての敗戦。手綱をとった佐藤正雄騎手は自ら乗り替わりを申し入れ、桜花賞には河内洋騎手を背に出走することになった。

迎えた桜花賞。好スタートから3番手につけたニシノフラワーだったが、がっちり抑えて好位に待機。しかしスピードの違いで3コーナー手前で早くも2番手に進出すると、4コーナー過ぎには馬場の3分どころで先頭。直線半ばで追い出されると、最後は2着アドラーブルに3馬身半もの差をつける圧勝で2つめのG1タイトルを手中にした。

続くオークスでも4コーナーで先頭に並ぶ積極的な競馬を見せたが、直線ではこの馬本来の伸びがなく7着に敗退。行きたがる気性が影響し、距離の壁に跳ね返された敗戦だった。

秋はローズSで4着、そしてエリザベス女王杯でも勝ち馬から3馬身半差の3着に敗退。桜花賞までの勢いをなくしたニシノフラワーは、中〜長距離から一転して12月のスプリンターズSに出走する。

久々の短距離戦で後方追走を強いられたニシノフラワーだったが、4コーナー手前でようやくエンジン全開。直線坂下で外に持ち出すと、ゴール前では勝利をほぼ手中にしていたかと思われたヤマニンゼファーを豪快に差し切って優勝。G1・3勝目を挙げるとともに、最優秀4歳牝馬、最優秀スプリンターのタイトルまで手中にしたのだった。

翌93年はマイラーズCを制し、12月のスプリンターズS3着を最後に引退したニシノフラワー。3歳女王がそのまま翌年も桜花賞を制し、阪神3歳牝馬Sの創設を「成功」に導いた功績は、目立たないながらも非常に大きかったと言えるだろう。またスプリンターズSの勝利は、今でも「短距離の追い込み」といえばこのレースと言われるほど、ファンに強い印象を残している。

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