ストーリー
2018年2月に北海道・新ひだか町の岡田スタッドでダービー馬ドゥラメンテの初年度産駒として誕生したタイトルホルダー。母メーヴェの父モティヴェイターと二代母の父シャーリーハイツが英ダービー馬という血統から「選手権保持者」の意味を込めて命名され、文字通りに関係者の期待を実現していった。
タイトルホルダーの2歳上の半姉メロディーレーンは自身の持つJRA史上最少体重での勝利記録を2019年9月28日に338kgまで更新。ひと足先に“レコードホルダー”となり、小さく愛らしい見た目からアイドルホースとなっていた。弟は472kgと標準的な馬格で姉の記録更新から1年後の10月4日にデビュー勝ちし、東京スポーツ杯2歳S(2着)からホープフルS(4着)へとクラシック路線に乗った。
そして、3歳初戦の弥生賞ではデビュー戦以来となる逃げ切りで重賞初制覇。皐月賞は8番人気の伏兵評価ながらも、2番手追走から早め先頭の形を作って2着に善戦する。その後のダービーとセントライト記念は展開も合わず完敗が続くも、菊花賞ではゲートから気合いをつけられてハナに立ち、中盤から7ハロン連続の加速ラップで5馬身差を開く圧勝。「選手権」と呼ぶにふさわしいクラシックのタイトルを獲得した。次戦の有馬記念からは弥生賞と菊花賞で勝利に導いた横山武史騎手に代わり、兄の和生騎手とコンビを組むことになったが、皐月賞に続き武史騎手のエフフォーリアに敗れてシーズンを終えた。
明けて4歳はタイトルホルダーにとって浮き沈みの激しい年となる。始動戦の日経賞を制して臨んだ天皇賞(春)は、菊花賞と同様に中盤からのロングスパートで7馬身差の逃げ切り。続く宝塚記念には歴代最多の19万票余りを集めて1位選出されると、快足パンサラッサに先を行かせて2番手からレコード勝ちを飾り、京都競馬場の改修工事により代替開催となった菊花賞と天皇賞(春)、そして宝塚記念と阪神競馬場でG1レース3勝という空前絶後ともいうべき記録を打ち立てた。
連勝の勢いで挑戦した凱旋門賞は極端な重馬場もあり11着に大敗。帰国後の有馬記念も疲労の影響で9着と後半戦は急降下したが、この2022年は前半戦の活躍が物を言ってJRA賞最優秀4歳以上牡馬を受賞する。
5歳も現役を続行したタイトルホルダーは、日経賞を8馬身差の圧勝で連覇と復調を印象づけた。しかし、例年通り京都競馬場での開催に戻った天皇賞(春)は右前肢の跛行でまさかの競走中止。復権を期した秋も若い世代の台頭を受けて3連敗に終わったが、ラストランの有馬記念は渾身の逃げで3着と意地を見せた。当日に中山競馬場で行われた引退式では、山田弘オーナーが競馬ファンに向かって「いつまでもいつまでも、この馬の名前を忘れないでください。その名はタイトルホルダー!」と万感の思いを吐露。その意思を背負い、種牡馬生活が控える北の大地へ帰っていった。