ストーリー
チュウワウィザードは2015年に北海道・安平町のノーザンファームで生産された。父キングカメハメハ、母チュウワブロサッムの父デュランダルも芝の一流馬だったが、同じ2015年生まれの従兄弟にはダートG1・4勝のルヴァンスレーヴがいる。両雄はダート戦線を席巻し、従兄弟は2018年、チュウワウィザードは2020年にJRA賞最優秀ダートホースを受賞した。
3か月ほど早く生まれた従兄弟のルヴァンスレーヴが3歳でダート王の座についたのに対し、チュウワウィザードのデビューは明け3歳の2月と従兄弟より半年遅く、出世も1年ほど遅れる格好になった。それでも、順調に白星を重ねて9月にはオープン入りすると、暮れの名古屋GPで重賞初制覇を飾り、全て3着以内の申し分ない成績で1年を終えた。
4歳もダイオライト記念と平安Sを連勝するなど安定感は変わらず、6月の帝王賞(2着)以降は引退までG1級のみに出走するなどトップクラスに定着。次戦のJBCクラシックで早くもG1級のタイトルを手にする。続くチャンピオンズC(4着)で初の着外に敗れるも、5歳の2020年は初戦の川崎記念を制してすぐに巻き返す。その勢いで挑んだドバイWCは現地入り後にコロナ禍で開催中止と大きく予定を狂わされたが、帰国初戦の帝王賞では故障により長期休養を余儀なくされていたルヴァンスレーヴとの最初で最後の対戦に先着。暮れのチャンピオンズCで前年の雪辱を果たし、ダート王の座を射止めた。
翌年は未勝利に終わるなど、引退までに川崎記念の1勝止まりとなるチュウワウィザードだが、競走生活におけるハイライトはむしろ6歳と7歳の1年半にあったと言えるかもしれない。6歳は初戦からサウジCに遠征し、出遅れに加えて馬場適性も欠き大敗したものの、そこから転戦したドバイWCではゲートを決めると好位から食らいついて2着に激走。日本から各時代の王者が遠征しては跳ね返されてきたダート開催のドバイWCで、2001年のトゥザヴィクトリー以来、20年ぶりに連対の快挙を成し遂げた。
チュウワウィザードは7歳で再びドバイWCに挑戦すると、快足ライフイズグッドら前年以上に強化した相手に対し、川田将雅騎手の追い込み策に導かれて3着に善戦。2年連続の入着を果たし、従来の日本調教馬と一線を画す成功を収めた。帰国初戦の帝王賞でも2着に好走したが、その後に右前脚の繋靭帯炎を発症して種牡馬入りした。
川田騎手は翌年もウシュバテソーロとのコンビでドバイWCに挑むと、チュウワウィザードと同様に最後方からの追い込みを決め、ダート開催における日本調教馬の初勝利をアシストした。1年前の経験が、大偉業の呼び水となったことは想像に難くない。