ブルーコンコルド 交流GIを7勝したダートの雄

ブルーコンコルド
Photo by Japan Racing Association
性別
出生年月日 2000年4月11日
毛色 鹿毛
フサイチコンコルド
エビスファミリー
競走成績 50戦15勝 (中央:31戦7勝、地方:19戦8勝)
獲得賞金 9億7780万9000円
表彰歴 2006年 NARグランプリ特別表彰馬
主な勝鞍 2006年・2007年・2008年 マイルチャンピオンシップ南部杯 Jpn1
2007年 かしわ記念 JpnI
2006年 JBCマイル G1
2006年 東京大賞典 G1
2005年 JBCスプリントG1
2005年 シリウスステークス G3
2005年 プロキオンステークス G3
2002年 京王杯2歳ステークス G2
厩舎 服部利之(栗東)
生産者/産地 川上悦夫 (新冠町)
馬主 勝負服 ブルーマネジメント
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ストーリー

2002年、2歳夏にデビューを迎えたブルーコンコルドは、将来を嘱望されるに足る走りを積み重ねていった。

初戦の芝1000m戦こそ競り負けて2着に終わったものの、2戦目・芝1200mでは後続を5馬身も突き放しての逃げ切り勝ち。小倉2歳Sでもハナ差2着と接戦を演じ、3着は3馬身後ろ、負けたとはいえ力のあるところを示した。そしてデイリー杯2歳S5着の後、この年は中山の芝1200mでおこなわれた京王杯2歳Sで重賞初制覇を果たす。ハイペースを難なく追走してラストもしっかりとまとめる、スピード感あふれるレースぶりがブルーコンコルドの持ち味だった。

だが明けて3歳、ブルーコンコルドは大スランプに陥る。スプリングSで4着に追い込んだ脚には見どころがあったものの、皐月賞は後方のまま13着、新潟記念は14着、セントウルSが10着など、2ケタ着順がほとんどの6連敗と低迷するのである。

転機は突然訪れた。3歳11月、初めて挑んだダート戦・霜月S。ここでコースレコードを叩き出して圧勝してしまうのだ。砂への適性という、秘めた能力が開花した瞬間だった。

とはいえいきなりの飛躍とはいかず、ダート路線でも7連敗を喫してしまうのだが、これはまだ成長途上だったためだろう。やがて馬体も充実しはじめ、4歳暮れのギャラクシーSでダート戦2勝目をマーク。そして大躍進を遂げる5歳シーズンを迎える。

京葉S2着の後、栗東Sを完勝し、プロキオンSでは2馬身半差でダート重賞初勝利をマーク。秋には58kgの斤量を苦にせずシリウスSを差し切ってみせると、名古屋での開催となったJBCスプリントでは、メイショウボーラーやアグネスジェダイといった難敵を相手に5馬身差の圧勝、GI初制覇を飾る。

こうしてブルーコンコルドは「ダートのナンバー1スピード馬」という地位を築き上げていったのだった。

以後もブルーコンコルドは、この路線における主役であり続けた。フェブラリーSには計4度出走、2度の2着があるなど中央でもビッグレースを盛り上げたが、より強さが際立ったのは交流重賞でのことだった。

2006年の6歳時には、高知・黒船賞が6馬身差の完勝、盛岡のマイルCS南部杯ではクビ差競り勝って2つ目のGIタイトルを獲得。川崎でおこなわれたJBCマイルを2馬身差で勝利し、史上初となる連覇を達成。暮れの東京大賞典も制し、この年はダートグレード競走最優秀馬に選出されることになる。7歳時には、かしわ記念1着、帝王賞2着、マイルCS南部杯連覇と好調をキープ。8歳となった2008年にもマイルCS南部杯を制し、同一GI3連覇の大偉業も成し遂げてみせた。

持ち前のスピードを武器にダート路線を駆け抜けて、遂にブルーコンコルドは、GI・JpnI 7勝という輝かしき金字塔を打ち立てたのだった。

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ライバル

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