ストーリー
夏の夜空に輝く七夕の「おりひめ星」から名を取ったベガ。93年のデビュー当初は非常に珍しい2文字馬名として注目されたが、その名の通り、競走馬としても一等星級の輝きを放つ活躍を見せた名牝だ。
父トニービンの初年度産駒として大きな期待を受けて90年に誕生したベガ。しかし、生まれつき前脚が曲がっていたために買い手がつかず、競走馬としてのスタートは決して順調とは言えないものだった。
しかし、明けて3歳(現表記)を迎えた93年1月にデビューすると、初戦2着のあと芝2000m戦で4馬身差楽勝と、いきなりその能力の高さを見せつけた。さらに、3戦目チューリップ賞(当時は桜花賞指定オープン)では1番人気に推されると、先行して3馬身差の圧勝劇。デビューからわずか2ヶ月少々で、一躍牝馬路線の主役へと躍り出たのだった。
4戦目はクラシックの第一弾・桜花賞で、前半600m35秒5の流れを2番手追走。今の桜花賞なら絶好の展開だが、当時の阪神コースはパワーを要する馬場で決して楽な流れではなかった。直線に向いて早々に先頭に立ったベガだが、直後からユキノビジン、マックスジョリーが残り200mで1馬身差に迫り、あわや、と思われた。しかし、ここからベガは凱旋門賞馬の父から受けたスタミナと底力を発揮。ラスト1ハロンはなんと13秒4を要したものの、ベガを追う後続も苦しくなり、クビ差しのぎ切って一冠目を手中にした。
続くオークスでは、桜花賞の単勝2.0倍から3.4倍へ。同じ1番人気でも桜花賞の辛勝で評価を下げる形になったが、厳しい底力勝負を乗り越えたベガはむしろオークス向きだった。桜花賞同様に好位追走すると、直線では桜花賞2着のユキノビジンとマッチレース。残り200mで相手を楽々突き放すと、最後は1馬身4分の3の差をつけて見事に二冠を達成したのだった。
春二冠を制したベガ。秋は牝馬三冠をめざし、当時3歳牝馬限定だったエリザベス女王杯(現在の秋華賞に相当)に「ぶっつけ」で挑戦する。道中は中団を進むと、直線入り口では前を射程圏に。さあ三冠か、という態勢には持ち込んだものの、休養明けの影響か残り200mからひと伸びを欠き、ホクトベガ、ノースフライトの3着に敗退してしまった。
その後は有馬記念と翌年の大阪杯で9着、そして宝塚記念13着で現役を退いたベガ。この馬が真の力を見せたのは初勝利からオークスまで半年足らずだったが、その間の輝きはまさに「名は体を表す」ものだったと言えるだろう。引退後は繁殖牝馬として、99年の日本ダービーを制したアドマイヤベガ、朝日杯FS優勝後にダート路線に転じてフェブラリーSなどを制したアドマイヤドンを輩出する大成功を収めた。ベガ自身は惜しくも06年に他界したが、血は脈々と受け継がれ、その名は日本の競馬史に長く輝き続けるに違いない。