岡田牧雄氏インタビュー 〜果てなき「解読」と「蓄積」〜

岡田牧雄氏
岡田氏にとっての最大の功労馬、マイネルダビテ(墓碑)とともに

2020年牝馬三冠馬デアリングタクトのせり市での購買者として、そして昨年の天皇賞(春)と宝塚記念を制したGT3勝馬タイトルホルダーの生産者でもある岡田牧雄氏。この両馬はどちらも日本最大級のせり市「セレクトセール」出身馬。ここで岡田牧雄氏に、売り手・買い手、双方の立場で、それぞれの視点、独自の見解を語っていただきます。 今回は前編としてデアリングタクトの話を中心とした「購買者編」をお届けします。

注記:当コンテンツの取材は2023年5月25日に行っております。

デアリングタクトを選べたのは20代から培ってきた相馬眼だった

まず、岡田さんにお聞きしたいのは購買者側から見たセレクトセールについてです。せりに生産馬を上場されているだけでなく、セレクトセール2018の1歳セッションでは「デアリングバードの2017」こと、後のデアリングタクトを購入されています。前年の当歳セッションにも上場されていたデアリングタクトですが、1歳セッションで選ばれた理由をお聞かせください。

岡田牧雄氏(以下、岡田氏) 当歳時のデアリングタクトはかなり馬体が細い馬でしたが、成長すればその細さも解消されてくるのではないかとも思っていました。その時こそ縁はなかったのですが、次の年にも上場されてきた時には、馬体の印象こそそれほど変わらないながらも、具体的な将来像が思い描ける身体になっていたので、これならと思い、せりに参加しました。

エピファネイアの初年度産駒であり、祖母に重賞3勝馬のデアリングハートがいるブラックタイプも、興味を惹かれる血統背景だと思います。そのデアリングタクトも含めて、せりでは馬体や動き、そして血統背景なども含めて、どの点に注目されていますか?

岡田氏 勿論、せりに臨む際は血統である程度の目星は付けておきます。それでも血統だけに縛られないようにするために、日高軽種馬農業協同組合で行われているサマーセールなどでは、先入観を持たずに馬を見極めるべく、事前情報をほとんど持たずにせりに参加しています。

サマーセールは国内最大規模の1歳市場であり、上場頭数も優に1,000頭を超えています。その上場馬たちを馬体や動きを中心に選んでいくのは大変なことだと思います。

岡田氏 この仕事を始めた20代の頃から、せりなどに出向いては、まず馬を見てその後に血統をチェックします。そして、競馬ではどんな活躍をしたかといったデータを蓄積してきました。それも競馬産業の中で自分や牧場が生き残っていくには、馬を見る目を養わなければいけない。せりに参加するホースマンとして、トップを目指さなければいけないという強い思いはありました。

その膨大な知識量と見識には、こうした取材などでもお話を聞かせていただいても驚くばかりなのですが、1歳セッションにおけるデアリングタクトは、1200万円(税抜)という、この年のセレクトセール1歳セッションの平均価格(約4,600万円、税抜)どころか、中間価格(3,100万円、税抜)をはるかに下回る価格で落札されています。
(注釈:中間価格とは落札馬の価格を最高額から最低額まで並べ、真ん中に位置する価格のこと)

岡田氏 自分のように当歳セッションからの成長を期待していた購買者の方もいらっしゃったはずですが、当歳時との比較でも細く見えたことで敬遠されたのではないかと思います。それでも自分はデアリングタクトの馬体や血統を見直して、成長を重ねていくうちに変わっていく『将来像』が思い描けていました。また、岡田スタッドではえりも分場といった、中期育成を行える場所も備えていましたし、騎乗育成に関してもノルマンディーファームで行えていたので、デアリングタクトのようなせりで買ってきた馬たちも、自分のビジョンで育て上げていけるのは大きかったと思います。

せりの展示からも証明されていたデアリングタクトの優れた能力

デアリングバードの2017
2018年セレクトセール1歳馬セッションにて落札された「デアリングバードの2017」(父エピファネイア、現在のデアリングタクト)

デアリングタクトの血統についてもお話を聞きたいのですが、父であるエピファネイアについては、どのような評価をされていましたか?

岡田氏 正直、種牡馬としてのエピファネイアにはそこまで高い評価をしてはいませんでした。その父であるシンボリクリスエスだけでなく、祖父のクリスエスもアメリカで見てきたことがありますが、スケールの大きさこそあれど、背中や肩に硬さが感じられており、日本の競馬では瞬発力が足りないのではといった印象があったからです。

祖父クリスエスのこうした特徴も、エピファネイアには伝えられていたのでしょうか?

岡田氏 ただ、エピファネイアにはクリスエスのような硬さは見受けられず、むしろ関節の動きを見ても柔らかさが感じられていました。それは母のシーザリオから受け継がれた体質の良さなのでしょう。しかも、馬体はクリスエスやシンボリクリスエスにも共通するスケール感もあっただけに、この馬体の良さと、母譲りの柔らかさが遺伝されたのならば種牡馬としての魅力もあるのではと、考え直すようになりました。

デアリングタクトにも、こうしたエピファネイアの長所も伝えられていたのでしょうか?

岡田氏 自分がせりなどで馬を見る際には、筋肉の質に注目しています。その馬の筋肉がどれほどの筋力を有しているかだけでなく、トレーニングをしながら強くなっていく筋肉なのか、もしくは鍛えていくうちに硬くなってしまう筋肉なのかによっても、競走馬となってからの成長がまるで違ってくるからです。デアリングタクトは展示で曳き馬をした際の歩く姿が物凄く速く、運動神経の良さに加えて、細やかな筋繊維を有していることも窺え、きっと良い筋肉を持っているのであろうと思いました。

やはり、せり市では曳き馬で動きを確かめるのは重要となってくるわけですね。

岡田氏 アスリートと称される優れた運動能力を持った人たちは、普段の動きからしても敏捷性が感じられます。それはサラブレッドも一緒で、運動神経のいい馬は背中を上手く使いながら、まるで波打つように、後躯からのエネルギーを前躯に伝えています。デアリングタクトは背中の使い方の上手さだけでなく、筋力といった強さも感じられていて、体型的に気になる部分はあったにしても、それは今後の成長でカバーできるどころか、長所にもなると思っていました。

第2のデアリングタクトは日高地区の上場馬にいる!

えりも分場での中期育成が行われた後、ノルマンディーファームで本格的な騎乗育成が行われていったデアリングタクトですが、その頃の印象をお聞かせください。

岡田氏 エピファネイア産駒に見られがちだった気性の難しさも無く、むしろ素直な性格をしていました。調教でも自分からハミを取って走ってくれるように、鍛錬してきたことがそのまま身に着くタイプの馬でした。調教で暴れる心配も無かったので、調教では女の子のスタッフに騎乗してもらっていました。

デアリングタクト
秋華賞を制して史上6頭目の牝馬三冠を達成。無敗での牝馬三冠達成は、史上初の快挙となった。

当時からは無敗の牝馬三冠馬となるような姿は想像できていましたか?

岡田氏 動きがいい馬とは思っていましたが、ここまでの活躍はまるで想像していなかったですね(笑)。世代こそ違いますが、タイトルホルダーは、2歳の3月にノルマンディーファームの坂路で15−15の時計を出した時に、これでGTが取れないわけがないと思いました。ただ、その後に更に良くなっていったタイトルホルダーと同じように、デアリングタクトもまた、『将来性』があったというのか、秘めていた成長力が実を結んだからこそ、クラシックを沸かすような活躍ができたのでしょう。

せりの展示などで成長力や将来性を見抜いていくのは、更なる勉強も必要になってきますね。

岡田氏 自分自身も若い頃からせりに参加しながら、ある意味で多額の勉強代を払ってきたと思います。自分は日本のせりだけでなく、アメリカやヨーロッパのせり結果にも目を凝らしながら、その後の追跡調査も行ってきました。購買者の皆さんだけでなく、生産者側としても、せりなどで多くの馬を見てほしいですし、そこで見た馬について深く知識を広めてほしいと思います。それが良い馬との出会いに繋がるだけでなく、生産者側にとっても更なる強い馬作りに繋がっていくはずです。

今年のセレクトセールにも血統、馬体共に素晴らしい上場馬が揃っている印象を受けます。

岡田氏 セレクトセールの『セレクト』という意味は、上場馬選定委員会による審査もありますが、生産者側も申し込みの時点で自信を持って送り出している、まさに自らが『セレクト』した馬ばかりです。高額落札馬が多く誕生しているのも、そこで多くの購買者から、評価の高さを認められた証とも言えます。勿論、日高地区からも良質な上場馬が揃っていますし、その中にはデアリングタクトや、ドバイワールドカップを優勝した、ウシュバテソーロのような馬も取引されています。購買者の皆さんやファンの皆さんも、セレクトセールでは日高地区からの上場馬にも注目してもらいたいですね。

ありがとうございます。今、日高地区からの上場馬の話も出ましたが、次回はタイトルホルダーにも代表される、『上場者としてのセレクトセール』についてお話を聞かせてください。

ライタープロフィール

村本浩平(競馬ライター)

北海道在住の“馬産地ライター”として、豊富な取材をもとに各種競馬雑誌で活躍中。