吉田照哉氏インタビュー 〜競走馬取引の変革〜

日本競馬の顔ともなるセレクトセール

ディープインパクトは2002年の当歳セールで取引された
ディープインパクトは2002年の当歳セールで取引された

セレクトセール出身馬には三冠馬ディープインパクト、牝馬三冠馬デアリングタクトをはじめ、多くのG1馬がいます。海外G1制覇も成し遂げており、古くはハットトリックが2005年の香港マイル、アドマイヤムーンが2007年、ジャスタウェイが2014年のドバイデューティフリーなどを勝ち、近年ではラヴズオンリーユーが2021年のブリーダーズカップフィリー&メアターフ、ウシュバテソーロが今年のドバイワールドカップを制覇するなど、素晴らしい成績をおさめています。

吉田氏 繰り返しになりますが、そのくらい、良い馬がせりに出ている、ということです。せりで馬が売れたら、我々は世界中から繁殖牝馬を購入し、その仔をせりに出していきます。そうしたサイクルを、高いところで上手く回せており、日本にいる繁殖牝馬のレベルは相当高くなっています。外国人が見たら『この馬が日本にいるのか』と驚くような馬が入ってきていますからね。

セレクトセールの会場には、毎年複数の外国人バイヤーも訪れていますね。

吉田氏 確かに増えていますが、もっと来てほしいですね。これまでは、セレクトセールに来ても高すぎて買えない、と言われてきたのですが、このところ円安が続いていますから、今年はどうなるでしょうか。

今年はサウジカップデーでも、ドバイワールドカップデーでも、日本馬がそれぞれのメインレースを含めて3勝するなど大活躍しました。そうして日本馬の強さが印象づけられることも、セレクトセールに好影響を及ぼすのではないでしょうか。

吉田氏 当然そうだと思います。今や、世界中のホースマンが『日本の競馬はすごい』というイメージを持ち、動向に注目するようになっています。ディープインパクト産駒のオーギュストロダンが6月3日のイギリスダービーを勝ったことももちろん、プラスに作用するでしょうね。そもそもディープインパクト産駒は、ヨーロッパでは1世代に10頭もいないはずなのに、かつてはサクソンウォリアーがイギリス2000ギニーを勝ったり、スノーフォールがイギリスとアイルランドのオークスを制したりと、素晴らしい結果を出しているのは驚きですよね。

信頼できるセレクトセールを創り上げる工夫

せりとしてのクオリティや快適さを高めるために、設備を改良するなどの工夫もされているのでしょうか。

吉田氏 そうですね。例えば、電光掲示板にすぐに円とドルで金額が表示されるようにしたり、保険料も計算されるようにしたり、まあ、世界中でされていることなのですが、ディスプレイなどは毎年のように変わっていますね。お客さんに座ってもらう場所なども、お互いに誰が競っているのかわかりづらいようにしたり、また、最近はオンラインで参加する人も出てきていますから、そっちの工夫も必要ですね。今年5月の千葉せり(千葉サラブレッドセール)なんかは、購買者登録した368人のうち92人がオンラインでの参加でした。セレクトセールは平日に行われるわけだから、忙しい人が仕事の合間に少しの時間だけでも参加できると便利ですよね。

セレクトセール2012の様子 日本円と共に米ドルを表示
セレクトセール2012の様子 日本円と共に米ドルを表示

あと、初めてセレクトセールの会場に行った人は、フェラーリやランボルギーニなどの、数千万円するような高級車がディスプレイされていることにも驚くと思うのですが、実際にあの車も売れているのでしょうか。

吉田氏 あれはもちろんプロモートした人がいるのですが、売れているらしいですよ。フランクミューラーの時計などを扱ったら、ものすごく売れたそうです。お金持ちの人たちというのは、デパートに行って、『これがいいかな、あれがいいかな』なんてやらず、外商の人が持ってきて『こちらでございます』と商品をひろげたら、『そうか、いいじゃないか、全部くれ』というふうに買ってしまうんじゃないですか(笑)。

今、セレクトセールは国内最大級にして、世界有数の競走馬のせりであるわけですが、『世界一のせり』となるには、どんなことが必要になってくるのでしょうか。

吉田氏 トップグループに入ることはできていると思いますが、別に、世界一にならなくてもいいです(笑)。日本の生産馬じゃないと、世界の主要なレースを勝てなくなったという状況になれば、世界中から買いにくるでしょうね。とにかく、世界中で活躍する馬を出し続けることが、一番の信頼につながると思います。

26回目を迎えるセレクトセールのみどころ

今年のセレクトセールには、ディープインパクト、キングカメハメハ、ハーツクライといった大種牡馬の産駒が上場されないわけですが、どんな種牡馬の産駒が目玉になっていくのでしょうか。

吉田氏 キタサンブラックとか、サートゥルナーリアとか、楽しみな種牡馬はたくさんいます。ブリックスアンドモルタルは、私が『サンデーサイレンスの再来』だと言ったように報じられましたが、言ったのは産駒に騎乗したスタッフなんです(笑)。ですが、現役の米国年度代表馬がそのまま日本で種牡馬となるのは、実際にサンデーサイレンス以来ですから、当然、期待は膨らみますね。

近年は毎年総売上記録を更新していますが、今年も活発な取引が行われそうですね。

吉田氏 今年は、ディープインパクトの仔などがいない分、ものすごく高い値のつく馬はいなくなるかもしれませんが、そういうときこそ、中間層というか、平均的な価格帯の馬が高く評価されて、全体的に底上げされていくような気がしています。どんなせりになるか、今年も楽しみにしています。

ライタープロフィール

島田明宏(JRA馬事文化賞作家)

「優駿」「Number」「別冊宝島」「週刊文春」などで競馬の原稿を執筆。『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(白夜書房)で2011年度JRA賞馬事文化賞を受賞。