セレクトセール 2020

セレクトセールのみどころ

今年の3歳牝馬クラシックは、デアリングタクトが4戦無敗で桜花賞、オークスを制覇。セレクトセール出身のエピファネイアの娘が、牝馬クラシック二冠を力でもぎとった。

デアリングタクト/2020年桜花賞

デアリングタクト/2020年桜花賞
「セレクトセール2018」1歳(1200万円)

一方、3歳牡馬クラシックは、コントレイルが5戦無敗で皐月賞、日本ダービーを優勝(ホープフルSを勝ち2歳チャンプにも輝いた)。

現3歳世代は、2歳暮れから日本ダービーというひとつの頂点まで、「無敗」という言葉で語られることがけっこう多かったなぁ。

ふと思えば、古馬のGIシーンも、競走数を絞り込み、できる限り心身の摩耗を少なくしながら狙ったレースに全力投球。時に例外はあるものの、なるべくピンポイントで勝利をあげられるようローテーションを熟考し、一気の勝利で賞金を積み上げるというパターンが増えてきた。

今年は新型コロナウイルス禍で、3月以降、世界のあちこちで競馬は大幅に縮小。日本馬も、遠征が中止になったり見送りとなったりするようなケースが多数生じたが、2019年は数多の海外G1を日本馬が制覇。世の中が少しでも好転に向かえば、海外重賞という選択肢も、また増えるだろう。

海外遠征は一戦必勝、遠征のためには下準備こそが何よりも重要。結果的に、国内で出走するレース数もまた限られたものになる。強い馬ほど、使うレースや数など、案外悩みは大きいのかもしれない。

なんて、今の競馬シーンの展開の大本となる理由は、さてどんなものがあるのだろうか。

思いつくことがひとつ。「無敗馬」や、キャリアを少なくしてGIタイトル数を多く保持している馬というのは、シンプルに脚が「速い」。日本の競馬場の馬場、コース形態では、より「速い」馬が勝利を得て、賞金を稼ぐ。

これは競馬場のコースや芝のコンディションと双子のような関係とも言えるが、季節や天候によって、時々波乱は生じるものの、好天で良好な馬場コンディションでのGI及び重賞は、上がり1ハロン(200メートル)から4ハロン(800メートル)を、いかに速く走れるか。人間の100メートル走でも、"9秒9”と"9秒8”の0秒1差は大差に近いが、競走馬は最後の1ハロンを"11秒0”なのか、"10秒9”なのか。突き詰めれば、「速さ」という能力が、現代の日本の競馬の大きな要素の一つになっている。

だとすれば、競走馬の生産も、求めるものは「速さ」を持つ馬作り。サンデーサイレンス及びディープインパクトは、現代における「速さ」の進化の過程そのものであり、このセレクトセール出身馬たちが、変遷の様をより印象深く演出してきたような気がする。

ただ、究極の速力を求められた馬は、壊れやすい。どこかひとつでも体に緩みや窮屈さが生じると、当然ながら持っているはずの速力を出せない。調整がデリケートになるため、数が使えない。

車に例えるなら、ディープは、時にセレクトセール会場でも展示されるフェラーリかランボルギーニか。究極のスポーツカーは、メンテナンスこそが命。懸命に調整しても歯車ひとつ狂えば噛み合わない。レース数は絞られ、そして高速で走ることのできる道路には限りがあり、サファリラリーや耐久レースでは勝負にならない。

それでも数が使えないという制約の多い中で、サンデーサイレンス系――「速さ」の継承者であるディープインパクトの産駒は、2019年のJRAのレースにのべ461頭が出走し、1頭平均で16,663,271円の賞金を獲得。2歳から5歳まで4年の競走生活を送るとして、1頭平均が約6700万円。あくまで「平均」ではあるが、獲得賞金は種牡馬としても群を抜いている。

もともとディープは平均値の高い種牡馬だが、優秀な種牡馬は種付け年数が増えるたび、繁殖牝馬の質が高くなるのは自然であり必然。漏斗でしっかりとこされ、絞り落ちた血の一滴――精度は、月日が流れれば流れるほど高くなるのかもしれない(3歳世代でコントレイルが出現し、今年の2歳世代にもまた、とんでもなくすごいヤツがいるかもしれない)。

ディープインパクトは、今年の1歳世代で113頭を世に送り出し(血統登録は109頭)、そのうち13頭がセレクトセールに名を連ねている(当歳の上場はゼロ)。セレクトセールでは実質的なラストクロップとなる、ダイヤモンドのような血の一滴を受け継いだディープの子供を、誰がどのように考えて、落札するのか。切ないが楽しい(笑)。

対抗格は、昨年の種牡馬リーディング2位のハーツクライだろうか。こちらもディープと同様、年を重ねるごとに産駒の平均値及び爆発力がアップ。繁殖牝馬の実績や質も確実にアップしている。

競馬予想でいう単穴は、今年の1歳世代が5シーズン目となるロードカナロア。今年はファーストシーズン以来の攻めどころではないかと考える人もいる。キズナの成功率の高さと可能性、エピファネイアの爆発力――まだ値が上がり切っていないうちに、ドゥラメンテかモーリスで渾身の勝負か。

いや、セレクトセールの1歳セッション上場馬は、重賞馬○○の弟や妹が多いよね? 過去のセレクトセールの写真やデータを引っ張り出して、配合種牡馬が異なると、どう体型や戦績が変わるのか。セレクトに慣れた人は、兄姉から可能性を手早く見つけるだろう。シンプルに、原点に立ち返って、繁殖牝馬の優秀性からアタックをかけるという作戦もある。

ディープを柱として展開する1歳セッションは、ある程度前年の感覚で流れに乗ればいいとして、当歳セッションは、きっとまるで違うものになる。馬選びに大きな変革が求められることになるかもしれない。

ディープ産駒の特徴は冒頭でも述べたように「速い」。ディープに対抗する瞬発力が特徴という種牡馬は、まだ明確に現れていないし、単純にディープ産駒がいなくなれば、競馬の柱となる概念が「速い」から、違うものへと変わる(スプリンターで言う「速い」や、早熟性の「早い」ではない)。

一転、この当歳世代からは持久力や頑丈さ。ある程度数を使いつつ、強くならなければ勝てない競馬に変貌すると予測すれば、さて、それに適合する種牡馬は何だろう。

ハーツクライは別格として、もしかしたら利便性や可能性は、ひたひたと勝ち星を積み上げているディープの直系キズナではないのか。いや、ディープ不在の産駒たちの輪の中に入ると際立つ、キタサンブラックのスケール、ハービンジャーの重量感に賭ける手もある。

ならば新種牡馬。サトノダイヤモンドの骨量と筋肉の柔らかさ、リアルスティールのパンチ力。大仕事をやってのけるとすればサトノクラウンだろうか。

待て待て、この当歳世代は我慢の年。堅実に、早期の短距離〜マイル路線で賞金を稼いでくれるであろう、ドレフォンやマインドユアビスケッツでいくか。

今年の当歳セッションは、自分なりにテーマを持って臨まなくてはならない、セレクトセール始まって以来の、ある意味エポックメイキングな日になるかもしれませんね。

ちなみに、今年はせりの方法もいろいろと決まりごとが多い。テレビを見ながら、電話でのやりとりなども多くなってくるだろう。リモートのように、テレビ映像とは少しタイムラグがあるので、ハンマーの落とし方も難しくなるだろうが、「この馬のリミットはここ」――そういった決めごともまた、テーマになるのかもしれない。

なんて、今年は事前取材も例年ほどできず、当日もホント、何が起きるかドキドキですよ。

せりの様子は初日、2日目と更新予定。マスク着用、決して"密”らず。何よりも馬を見て、コーフンしないよう、静かにを心掛けます(笑)。

でも、少しでも実馬を見ることができるのは、本当に何よりの幸い……。

注記:金額は、全て税抜金額

ライタープロフィール

丹下日出夫(競馬評論家)

「ホースニュース馬」を経て現在は毎日新聞本紙予想。POG大魔王の通称も定着している。

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