昨年の社台ファームは、エイシンフラッシュ以来14年ぶりに、ダノンデサイルで日本ダービー制覇。
また6月には、栗東トレセンから車で約50分の場所に、東京ドームおよそ4倍という敷地面積を誇る鈴鹿トレセンをオープン。関西馬の新たな拠点となることで、今後もさらに社台ファーム出身馬が競馬を盛り上げていくことだろう。
例年、東礼治郎場長のインタビューを行ってきたが、今年は牡馬の石井猛調教主任、牝馬の正岡稔調教主任にも話をうかがった。未来の社台ファームの姿≠ェ、インタビューの中から見えてきた。
昨年は日本ダービー制覇おめでとうございます。
ありがとうございます。牧場にいたときから世代の中でもスピードがあって、厩舎長の評価が高い馬でした。ただ新馬戦の内容があまり良くなかった(4着)ので、「あれっ」と思ったこともありましたが、ダービーを勝ち切ってくれた時は嬉しかったですね。
手応えを感じている馬が活躍すると、牧場の雰囲気も上がってくるでしょうね。
自分たちのやってきたことが間違っていないのだと、自信にもつながります。
ダノンデサイルに関しては、競馬場に入った際の口向き加減が少し難しい面があるという報告を受けました。こちらにいるときは、前進気勢の強さはありましたが、口向きに関しては問題なかったのですが、2歳世代は口向きを意識し、乗りやすさに重点を置きました。
現4歳馬には、NHKマイルカップを制したジャンタルマンタルもいます。また、昨年だけでも他に、千葉セリ出身のペラジオオペラ(大阪杯)、アドマイヤズーム(朝日杯FS)、そして誰もがビックリした単勝200倍超えのテンハッピーローズというGI馬を輩出していますね。
テンハッピーローズの馬券を買っていなかったこと……。これは一生の悔いが残りました。
それは悔しいですね。ただ、あの激走を読むのは難しいと思います(笑)。
正直言うと、道中はマスクトディーヴァの位置取りを気にしていました。もちろん、勝って本当に嬉しかったですけどね。
近年、社台ファームが大レースを勝ち、話題を提供することが多くなったと思いますが、そのあたりはどう感じていますか。
以前は、社台ファームが低迷していると僕も感じる時期がありました。そこを改革してくれたのが石井さん。トレーニングを劇的に変えてくれて、牝馬はそれに付いていった感じなんです。
ただ、先にGIを勝ったのは、スターズオンアース(2022年の桜花賞)。牝馬に先に結果を出されて人生って無常だな≠ニ天を見上げました(笑)。
私たちが笑顔で「おめでとう」と言い合える仲で良かったです(笑)。
その年にアスクビクターモアが菊花賞を勝ってくれたので、長い期間モヤモヤしなくて済みましたね。
牝馬はその後、クラシックを獲れていないので、牡馬が作ってくれている流れに乗っていけたらと思っています。
それでは昨年、現3歳世代に絞って振り返っていただけますか。
新馬戦に限れば、4歳世代よりは多く勝っているのですが、クラシックに出せる馬が足りませんね。これから出てくるとは思うのですが、1頭でも多く出したいですね(取材後にフラワーCをレーゼドラマが勝利)。
実は、4歳世代の成績が少し落ち込んだことで、厩舎長みんなで話し合い、ハードかつ新たな試みも盛り込んだ調教を課した世代です。それが実を結んだ部分もあったので、現状の結果としては良かったかなと思っています。
2歳世代もそれを踏襲して、思い描いている調教を積むことができました。これでダメなら……。とにかく、ネバーギブアップです。自信はありますよ。
牡馬についてはいかがですか。
アドマイヤズームや共同通信杯を勝ったマスカレードボールが出ましたけど、勝ち鞍はまだ物足りないですね。一番勝ち鞍が多かったのがソールオリエンスの5歳世代なのですが、そこと比べると下がってしまいました。全体的に上げていかないといけません。これは課題ですね。
勝ち星を増やすために、何か具体的に取り組んだことはありますか。
暑熱対策です。明らかに北海道も年々暑くなっていて、夏場に登板本数を減らしたり、時計を遅くしたりと、3歳世代は攻めきれなかった。2歳世代に関しては、できる馬は夏が本番を迎える前に、時計をどんどん出していこうと意識しました。その結果、山元トレセンに送り出すのも早くなり、現状では良い評価を受けています。
その点に関しては、牝馬も同じですか。
私たちは「ワンチーム」でやっているので、牡馬、牝馬関係なく情報を共有して、牧場全体で勝ち鞍が増えるように目標を掲げています。
6年くらい前に、みんなで話し合ったことがあったんです。
それまで馴致を数か所で固定してやっていたのですが、各厩舎に移動したときに情報共有面などで不満の声が上がったこともあり、「それなら馴致からみんなでやろうよ」という結論に至ったんです。自分で作った馬なら不満も出ないし、人が足りなければ牡馬、牝馬関係なく乗りに行く。みんなが社台ファームのことを考えて「ワンチーム」を心掛ける。牧場全体での意識の話だと思います。
お二人の雰囲気からも「ワンチーム」であることがうかがえます。
それでは、各厩舎長の具体的な評価を教えてもらいたいのですが、その前にお二人が注目している2歳馬を挙げてもらえますか。
調教を見ていて動きが良いなと思ったのはブルーミングアレー23(父コントレイル)。強めにやればやるほど、動きの良さやスピードが際立ちます。初仔でお母さんが奥手だったので少しゆっくりめかもしれませんが、素質の高さを感じるのはカレンブーケドール23(父エピファネイア)ですね。
牝馬はランドオーバーシー23(父エピファネイア)です。もう送り出しました。ポテンシャルはかなり高く、移動後もさらに良くなっていきそうです。
あとは、乗ったときの背中が良かったのがエスキモーキセス23(父コントレイル)。フレームがしっかりしていて、背中が柔らかいレッドフィオナ23(父モーリス)も楽しみです。
ありがとうございます。それでは各厩舎長のオススメ馬を教えてください。まずは牡馬からお願いします(コメント/石井主任)。
カレンブーケドール23
エピファネイア産駒らしく前進気勢があって、周回、坂路ともにパワフルに走ってくれる。距離も持ちそうです。
アンドラステ23
山元トレセンでも評価の高い1頭。サートゥルナーリア産駒で重心が低く、どっしりした走りをしていて、馬場が悪くてもフォームが乱れません。入厩も早くなると思います。
オリンピックラスパルマス23(父カラヴァッジオ)
体幹もしっかりしているし、楽々な手応えで動いています。アグネスゴールドの肌で、芝・ダートどちらでもこなしてくれそうです。
ストロボフラッシュ23(父トーセンラー)
走りが良いですし、スピードもあります。操縦性もあり、坂路でも力強くしっかり動いていますね。
カラライナ23(父コントレイル)
タッチの軽い走りで、背中のバランスも良いです。坂路も軽々と上がってきます。
ブルーミングアレー23
行きっぷりが良く、スピード感に溢れています。調教の負荷を強めても余裕のある走りをしていますね。
マゲバ23(父ジャスタウェイ)
パワーとスタミナのバランスが良いですね。操縦性も高く、すべてにおいて水準以上です。
カルティカ23(父コントレイル)
厩舎の一番馬だと思っています。バランスが良く、柔らかい走りをしています。落ち着きもあり、ムキにならずに調教も無難にこなしています。芝の中距離で活躍しそうですね。
コンペティションオブアイデアズ23(父エピファネイア)
早期に山元トレセンに送った馬の中で、一番動けていました。
ザレマ23(父ブリックスアンドモルタル)
前進気勢と力強さがありますね。スピードも兼ね備えていて、未完成ながら素材は良さそうです。
アサクサティアラ23
大きい馬体ですがタッチの軽い走り。迫力があって、現状ではナダル産駒の中で、一番期待しています。
カンビーナ23
エピファネイア産駒らしく前進気勢があって反応が鋭いですね。半兄のファルコニアと比べても馬格がありますね。距離の融通は利きそうです。
サボールアトリウンフォ23(父シルバーテースト)
体はコンパクトですが、坂路でしっかり走れていて、スピード感は十分。マイル前後で楽しみが持てそうです。
石井主任、牡馬の紹介ありがとうございました。続いては牝馬についてお聞きします。(コメント/正岡主任)
サブルマインド23(父ポエティックフレア)
スピード感に溢れていて前向き。早めにデビューできると思います。
エアルーティーン23(父シスキン)
全体的に完成度が高く、掻き込みも力強いですね。気性面もこの時期にしては安定していますよ。
ヌーヴォレコルト23(父サートゥルナーリア)
坂路でも前進気勢があり、調教でしっかり鍛えられています。距離は芝のマイルくらいが合っているとイメージしています。
エレクトラレーン23(父アドマイヤマーズ)
背中の感触が良く、動きも警戒でスピードがありますね。
エアシンフォニー23(父サトノアラジン)
全体の筋肉量があり、見栄えする体をしています。坂路では前進気勢があり抑えるのが大変なくらいです。スピードに乗ったときは全身を使って加速していきます。飼い葉も残したことがない体力の持ち主です。
アカンサス23(父ブリックスアンドモルタル)
父の産駒らしく気の強いところがありますが、走り出すと前進気勢が強く伸びやかなフットワーク。動きの良さが目立っています。飼い食いも良く体調も安定していますね。母同様芝の1600〜2000mで活躍してくれたらと思っています。
インディアマントゥアナ23(父パイロ)
脚長で体高があり、張り、艶が良い馬体をしています。気の強さはありますが、グイグイとハミを取って走っていき、力強く迫力がありますね。
ミッドナイトフラッシュ23(父ブラックタイド)
この時期にしては脚力が強くて坂路でもしっかり上がってきます。このまま坂路調教を繰り返していけば、さらに良くなっていくと思います。
正岡主任ありがとうございました。それでは最後に、東場長に登場していただきます。よろしくお願いします。
僕から話すことはないんじゃないかな(笑)。馬の話はたくさん聞けたでしょう。
石井主任、正岡主任から、牧場全体のこと、そして2歳馬についても具体的に聞かせていただきました。
普通、主任同士はあまり仲が良くならないものですが、彼らは仲が良い。変わっていますよね(笑)。
個人的には、調教にしても、彼らに任せたほうが良いと思っています。僕のような古い人たちは、どうしても考えを持ちすぎてしまいますから。牧場の環境も整ってきましたし、鈴鹿トレセンも完成したということで、ようやくスタート地点にたどり着いたという実感がありますね。
その鈴鹿トレセンの成果もあり、アドマイヤズームがいきなり朝日杯FSを制覇しましたね。
アドマイヤズームは、早くから鈴鹿に持って行くことができました。まずひとつ獲れたのは嬉しいですね。
鈴鹿は厩舎内にエアコンが設置されていて、暑い時期でも快適に過ごせるのは大きいし、スタッフもみんな経験豊富なので、信頼しています。
鈴鹿のおかげで関西馬の負担が減るでしょうし、今以上に成績が良くなると期待しています。
今年の2歳馬に対する期待も大きいですね。
2歳戦が鍵になると思うので、とにかく早く勝ち上がってほしいですね。他の牧場さんもやっていると思いますが、私たちも嫌になるほど馬場の特性などを研究したので、その成果に期待したいです。何とか勝ち鞍を増やしたいと思っています。
最後に、やっぱり東場長には新種牡馬の話を聞かないといけません。
コントレイルの話はたくさん聞いたと思うので、ポエティックフレアが面白いんじゃないかな。受胎が難しい面もあり、頭数は少ないですが良いですよ。ポエティックフレア自身は、ヨーロッパのマイル前後で走っていた馬。産駒は、そのスピードを受け継いでいますね。みんな動きが良いので、結果は出ると思っています。
社台ファームのさらなる躍進に注目したいですね。
調教主任も言っていましたが、ワンチームでやっていくしかありません。社台ファームは人が宝。楽しくやらないと、それが馬に伝わってしまいますからね。その点は今後も意識していきたいと思っています。
本コンテンツは、黄色のPOG本 「POGの王道」2025-2026(双葉社)の一部を掲載しています。