今年も、お忙しいなか、お時間を作っていただきありがとうございます。
こちらこそ、寒いところまで来ていただいてありがとうございます。
こちらに向かう車の中で、マイナス20℃という温度計の表示を見たときは、ビックリしましたが、思ったより寒さは大丈夫でした。
毎年、取材の頃が(3月上旬)最後の寒波と重なるんですよ。夏場は爽やかな風が吹き抜ける牧場ですので、読者の方は白いイメージで固めないでください(笑)。
寒い中で、頑張って走る2歳馬の様子を見て、ファンの人たちも応援したくなっているはずです。
そうですね。それとぜひ、乗っている人も応援してあげてください。
はい、もちろんです。
人材不足というのは大きな問題なんですね。こうしたPOGの本を見て、牧場で働きたいという気持ちを持ってくれる人がいたら嬉しいなと思っています。
どうやら人材不足は日本だけの問題ではないのですね。
先日、海外の方も同じように乗りたがる若者がいないと嘆いていましたよ。特にフランスは乗り手がいないらしくて。本当に人手不足は大変な問題だと思います。
競走馬を育成するには、当然ながら手が掛かりますから、人手が必要になってきますよね。
躾ができていない馬は、実力の半分も発揮できないですからもったいないですよ。
以前、ヨーロッパに行った際に見た光景が衝撃的だったのですが、向こうでは装蹄をするときに、手綱を持っていないんです。それでも馬はジーッとしているし、逆らう気すら起こしていない。
日本では、まだ難しいのでしょうか。
無理でしょうね。危ないですよ。何をしたらできるようになるとかではなく、何十年もかけて作りあげての結果だと思いますので、これは私にとって一生の目標ですね。
それでは、馬のことについてお話をお伺いしたいと思うのですが、まずは、フランスで8戦8勝、GI2勝の名牝ラクレソニエールを購入されたことです。驚きました。
僕らも買えてビックリしました(笑)。普通だったら、そういうお話自体がこないレベルの馬ですので。
それだけ社台Fが、世界的な地位を築かれているということだと思います。
きっと、高く買ってくれるだろうと思われているだけですよ(笑)。
いえいえ。そしてスタセリタはフランケルを付けるために一度戻ったみたいですね。
ソウルスターリングがあれだけ走ったので、"2匹目のどじょう"を狙って海を渡りました。向こうも立派な母になったスタセリタに会いたかったのだと思いますよ。
世界で最初にGIを勝ったフランケル産駒が、ソウルスターリングですから、胸を張っての帰郷じゃないでしょうか。
本当はキラ星の如く、世界中で初年度から産駒が活躍するイメージだったみたいだから、初GIが一番遠くの国から出たことを、フランケルのオーナーは驚いていたそうですよ。
それと同時に喜んでもくれたので、それ以来日本の競馬を注視してくれているようです。
ソウルスターリングを走らせた社台Fも、世界から尊敬されていると聞きました。
スタセリタを生産したわけではないので、尊敬されるなんて悪いですよ。
フランケルの種付け料も上がったと聞きましたし、ソウルスターリングが挙げた功績は大きいと思います。
そのあとクラックスマンが出たのも大きかったでしょうね。ただ、オルフェーヴルと同じで本馬の能力は高いけど、それをなかなか素直に伝えるというのが難しい血統なのかもしれませんね。持て余している馬が多い気がします。
次のスタセリタの仔は、当然走ってもらえるものだと信じていますけどね。
まだ先ですが、デビューが本当に楽しみですね。こうしてインタビューをさせていただくと、日本の競馬が世界において、確固たる地位を得たのだと、感慨深い気持ちになります。
日本の馬は、結果を見れば分かるように、すごくレベルが高いというのが世界の共通認識。その反面、時代が進んで各国の得意、不得意がハッキリしてきた気がします。"お家芸"という言葉が、競馬の世界にも浸透してきたんですよ。
人間も得意分野を伸ばそうという風潮になっているので、似ていますね。
日本は芝の中長距離だと世界トップのスピードを持っているけど、短距離だとオーストラリアや香港には、並大抵の馬では勝てない。
凱旋門賞もこの先、一度は勝てるかもしれませんが、二度三度は厳しいと思います。やっぱり現地の馬場への適性を幼い頃から求められた馬のほうが、どうしても有利になってしまいますから。ガンランナーを見たら、どう見てもアメリカのダートであの馬に勝てるイメージは湧きませんでした。
ジャパンカップも、なかなか世界から強豪が来てくれません。
日本の馬場では、日本馬に勝てるわけないと、みんな思っています。躊躇するのは仕方ないことですよ。
ただ、これから芝の中距離で日本のライバルになっていくのは、オーストラリアだと思います。
さっきも言ったように、短距離が得意ということは、スピードのある馬がオーストラリアには多い。それなら、距離に融通が利く馬が出てきても、不思議じゃないので。あと国民性として、こだわりがないのが時代に合っていますね。
こだわりがないお国柄なんですね。
アメリカは"〇〇な戦法で勝つ馬が好き"とか、ヨーロッパだと"伝統あるレースで結果を出す馬が好き"とか、みんなこだわりがあるんですよ。
でも、オーストラリア人は勝ち方もレースも関係ない。とにかく勝ち続ける馬が好き。むしろ、勝った馬を買ってきたら良いという考え方です。
そうですか。世界を相手にしている哲哉さんならではのお話ですね。
それでは、去年の競馬を振り返っていただけますか。
近年の課題なのですが、2歳の勝ち上がりがどうしても遅くなってしまっています。年末年始にかけて、帳尻を合わせるように勝つので、勝ち星は変わらないのですが、クラシックに有力馬をだすためには、早い時期にもう少し結果が欲しいなというのが本音です。
体調など何らかの原因で、デビューが遅れた馬が多かったのでしょうか。
そうではなくて、デビューしたらポンと勝てる馬もいるけど、大半は使って使って軌道に乗るものなんですよね。一言では難しいけど、厩舎に対して使ってもらう努力が足りなかったんだと思います。もっともっと積極的に、レースに出走させたくなるような馬作りを目指したいですね。
馬の能力は、2世代3世代前よりは確実に良くなっています。牧場の力もどんどん底上げできているはずですよ!
現3歳馬ですと、ギベオン が2連勝(取材後の毎日杯2着)。 クラシック制覇のチャンスもあります。
伸びもあって、いい馬に成長しました。 フリージア賞のレース内容もよかったので、調教師さんもダービーを意識してくれています。気持ちに難しい面があるので、そこをコントロールできれば、ライバルたちにも見劣らないはずです。
そして、吉田千津さん名義のハーレムラインも3連勝でアネモネSを勝ちましたね。
去年の取材の時に、誰も良いと言ってなかったでしょ。最初に勝った時はうれしかったとともに驚きました。競馬は難しいです。
それでは、牧場として今年の取り組みで、何か変えたところはありますか。
取り組みというわけではないのですが、今年は体がしょぼく映っている馬が多いと思います。
えっ、それはどういうことですか。
今まで体が小さい馬には、無理には食べさせられないけど、大きくしようと力が入ってしまっていた。でも、馬は自然にどこかで成長するもので、人はサポートするくらいが丁度良いのかなと考え直しました。
だから今年は見た目が悪くても、放っておくというやり方を実践中です。本当は良く見てもらいたいけど、見映えにこだわるのではなくてジッと我慢。それが結果に出てくれればと思っています。
それでは最後に、2歳馬について教えていただければと思います。細かくは東礼治郎場長にお聞きしますが、哲哉さんからも「今年の目玉の2頭」を紹介していただけますか。
この馬は僕より場長やオーナーのほうが、力が入っていると思うのですが、カンビーナ16 はうまく成長できました。
470キロと体がしっかりしているので、ハードにトレーニングを重ねています。
セレクトセールで「トーセン」の島川隆哉さんが、高値で競り落とした馬ですね。
そして馬名がトーセンカンビーナ。この名前を見ただけでも、熱い期待が伝わりますね。いつでも移動はできるのですが、これだけの期待馬なので秋の王道でデビューさせたいなと考えています。
あと、もう1頭教えていただけますか。
ソウルスターリングの話も出ましたし、スタセリタ16 を紹介しましょうか。
お父さんはディープインパクトに変わりましたが、お姉さんに似ているところはありますか。
性格的にひねくれているところは似ていますよ(笑)。悪いという部分ではなくて、好奇心が旺盛すぎるというか。ソウルスターリングも2戦目から強いレースを見せてくれました。デビュー戦は勝つには勝ったけど、インパクトの薄いレースだったんですよね。
クビ差の勝利でしたね。勝ったレースの中では、一番詰められていますね。
それには理由があって、当日のメインレースはクイーンSだったので、競馬場に来場した女性のお客さん全員に団扇が配られたんですよ。それがパタパタ動くのを、気にして力を出せなかった。
それでも勝ってしまうから、すごいですよね。
そうなんです。能力は妹も間違いないと思いますよ。馬はできているし、調教師は藤沢先生。あとはレースで走るだけの状態です。
いろいろと詳しく教えていただき、ありがとうございました。
今年もいい馬がそろっているので期待して見ていてください
本コンテンツは、黄色のPOG本 丹下日出夫と鈴木淑子「POGの王道」2018〜2019(双葉社)の一部を掲載しています。
丹下日出夫と鈴木淑子が−20℃の北海道の牧場・厩舎で総力取材!