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アドマイヤコジーン スランプを乗り越えて2度目の栄冠[2002年]

朝日杯を勝って前途洋々だった2歳時

 アドマイヤコジーンは、かなり大きな浮き沈みを経験した馬の1頭だ。

 競走馬生活のスタートは順調だった。1998年の秋、不良馬場のデビュー戦こそスピードを生かせず3着に敗れたものの、2戦目では後続を9馬身も突き放して初勝利をマーク。東京スポーツ杯3歳Sも好位から力強く伸びて重賞初挑戦初勝利を果たした。

 そして迎えた朝日杯3歳Sでは、デビュー3連勝中のエイシンキャメロンら外国産の難敵をねじ伏せるように降して優勝する。

 父は米ブリーダーズCマイルでレコードタイムを叩き出したCozzene、母の父は大種牡馬ノーザンテースト、祖母は英1000ギニーの勝ち馬という血筋。無事に成長すれば、このままいくつも大レースを制するはず。アドマイヤコジーンは、世代ナンバー1の座とともに大きな期待を背負うことになったのである。

思いもよらぬ長いスランプ

アドマイヤコジーン写真

 ところがその後、相次ぐ骨折のためアドマイヤコジーンは長い休養に入る。同期のテイエムオペラオーらがターフを沸かせ、あるいは朝日杯で負かした馬たちがマイル路線で主力視されるのを横目で見ながらの競走生活。なんと1年半を棒に振ってしまった。

 ようやく2000年・4歳夏に復帰を果たしたものの、ケガの影響からか思うように成績を伸ばせない。ローカルのオープン特別を走ったり、中距離に挑んでみたり、ダートに活路を見出そうとしたり、試行錯誤を重ねながらも、結局この年は6戦して未勝利。翌2001年・5歳シーズンも同じく6戦未勝利に終わる。

 かつての栄光から遠く離れた場所で、アドマイヤコジーンはあえいでいた。

突如蘇って3年半ぶりのGI制覇

 2002年・6歳になると、アドマイヤコジーンは突如として蘇る。

 シーズン初戦の東京新聞杯では2番手から抜け出し、後続を振り切って久々の勝利。さらに阪急杯では2着以下を3馬身半も突き放して重賞連勝をマークした。高松宮記念は逃げるショウナンカンプには引き離されたものの、スティンガーの追込みはクビ差凌ぎ切って2着を確保。こうして完全復活を印象づけて、アドマイヤコジーンは第52回安田記念に臨んだのである。

 ここでもアドマイヤコジーンは、スピードを生かして好位から素晴らしい粘りを見せた。ミレニアムバイオを振り切り、ダンツフレームの末脚も封じての優勝だ。あの朝日杯から実に3年半ぶりのGI制覇。長き苦闘の果てに待っていた、ふたたびの栄冠だった。

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