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ダンツシアトル 脚部不安を克服した良血馬[1995年]

ライスシャワーの悲劇に隠れ

 1995年の第36回宝塚記念。それは、前走・春の天皇賞で2年ぶりの勝利をあげたライスシャワーが、4コーナーで故障発症・競走中止、予後不良となった悲劇のレースとして記憶されている。

 だがいっぽうで、混戦と波乱の中、ダンツシアトルが上り馬の勢いをまざまざと見せつけたことでも忘れてはならない一戦だ。

 父は米三冠馬シアトルスルー、祖母も姉もG1馬。かなりの良血外国産馬として日本へやって来たダンツシアトルだったが、生まれつき脚元が弱かったせいか、順風満帆の競走馬生活とはいかなかった。

 2歳秋にデビュー2連勝を飾るも、骨折を負ったダンツシアトル。10か月近くを棒に振ったものの、復帰後は900万下特別、準オープンと順調に勝ち上がり、オープンでも勝ち負けできるだけの力を示すようになった。しかし、さぁここからという時点で、今度は屈腱炎を患ってしまう。一時は公営入りも考慮されたとほどだったという。

一歩一歩踏みしめた階段

ダンツシアトル写真

 それでもダンツシアトルは1年以上の休養を経て、5歳の春にふたたび立ち上がる。しかも、これまで以上のパワーとスピードを身につけて。

 まずは準オープンの道頓堀Sを勝利し、陽春Sは3着、オーストラリアトロフィーは3馬身差1着、そして京成杯優勝。なんと復帰からわずか2か月半で重賞初制覇を果たしてしまったのだ。

 そうして迎えたのが宝塚記念。ここでダンツシアトルは、GI初挑戦ながら堂々2番人気に推される。安田記念2着の切れ者サクラチトセオーをはじめ、ライスシャワー、ネーハイシーザー、タイキブリザード、エアダブリン、ナリタタイシンといった強豪らと同等以上の評価を与えられたわけである。

レコードで勝ち取った栄冠

 その期待に、ダンツシアトルは見事に応えた。

 最内1番枠からゲートを飛び出したダンツシアトルは、ダッシュよく好位へ。逃げるトーヨーリファールをタイキブリザードとともにマークするポジションにつけた。そのまま緩みのないラップを追走すると、直線ではタイキブリザード、エアダブリンらと激しい叩き合いを繰り広げる。

 最後はクビ差でダンツシアトルが勝利、勝ちタイムは2分10秒2のレコード。とどまることを知らない勢いで、ダンツシアトルは大きな勲章を勝ち取ったのである。

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