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キンシャサノキセキ 年を重ねて成し遂げた史上初の連覇[2010・2011年]

G1では苦戦続き

 シャトル種牡馬として豪州に渡り、ドバイシーマクラシック勝ち馬サンクラシークなどを出したフジキセキ。キンシャサノキセキもまたフジキセキを父に持つ豪州産馬だ。

 わざわざ日本に“買い戻された”だけあって、キンシャサノキセキは早くから高い素質を示した。2005年、2歳12月の新馬戦を完勝し、3歳初戦のジュニアCも1着。デビュー2連勝で将来を嘱望される身となったのだ。

 が、そこからの歩みは期待されたほど順調ではなかった。確かに、3歳秋には準オープンを圧勝し、4歳時にはオープンで2勝をマーク。5歳時には函館スプリントSで重賞初制覇も果たすなど優れたスピードを見せた。一方、06年のNHKマイルCが3着、マイルCSが5着。08年には高松宮記念とスプリンターズSで2着。09年にはスランプに陥って、高松宮記念もスプリンターズSも2ケタ着順に敗れている。どうしてもG1では苦戦を強いられ続けたのである。

7歳で念願のG1タイトル奪取

キンシャサノキセキ写真

 ようやくキンシャサノキセキの急上昇がスタートしたのは6歳秋のことだった。

 スワンSで久々の勝利をあげると、続く阪神Cではスタートで後手を踏みながら豪快に追い込んで1着。明けて10年、7歳となっても勢いは衰えず、オーシャンSで重賞3連勝をマークし、堂々1番人気で乗り込んだ第40回高松宮記念でも大接戦を制して念願のG1タイトルを手にしたのだ。

 その年の秋はセントウルSが疝痛で出走取消、スプリンターズSは3位入線(2着に繰り上がり)、マイルCSは13着に大敗して競走馬としての終焉を思わせたが、まだまだキンシャサノキセキは終わっていなかった。

舞台が変わっても力を発揮

 10年暮れの阪神Cで復活勝利をあげたキンシャサノキセキ。11年初戦のオーシャンSでは2着に敗れたものの59kgを背負いながら鋭く追い込んで健在をアピールし、第41回高松宮記念へと向かった。

 中京競馬場の工事のため、この年は阪神での開催。舞台が変わってもキンシャサノキセキの持つ豊かなスピード能力、そして底力は遺憾なく発揮された。好位3番手から前を捉え、サンカルロらの追撃も封じての勝利だ。

 キンシャサノキセキとは、すでに全盛期を過ぎたモハメド・アリが、まだ20代のジョージ・フォアマンを破った試合の異名「キンシャサの奇跡」から採られている。なるほど8歳にして史上初の高松宮記念連覇を成し遂げたこの馬にふさわしい名前ではないだろうか。

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