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ダイタクヘリオス 稀代の個性派が獲得した2つの勲章[1991・1992年]

一流の競走成績も、つきまとった気性難

 競走馬が出世するために必要なものとして、スピードやスタミナといった能力、あるいは順調に使える丈夫さのほかに、気性も大きなファクターとしてあげられる。どれだけ能力が高くとも、どれほど万全な体調でレースに臨もうとも、気性難のせいで実力を発揮できず、名を残せなかった馬は多いものだ。

 まともに走れば強いのに……。乗った騎手や見守ったファンすべてに同じような感想を抱かせたのがダイタクヘリオスだ。

 1989年の2歳デビューから1992年・5歳の暮れまで大きな故障なく走り、通算35戦10勝、うち重賞では7勝をマークした実績は、文句なく一流といえる。だがその生涯は“まとも”とは縁遠いものだった。

幅の広い距離適性。人気薄でしばしば好走

ダイタクヘリオス写真

 たとえば11秒台のラップで飛ばして11着と惨敗したスプリングS、メジロパーマーとともに1000m通過57秒5というハイペースを作って大波乱を演出した1992年の天皇賞(秋)など、暴走することも多かった。

 パドックで絶好の気配を見せたときには敗れ、ドタバタと息の上がった調教しかできなかったときに限って好走。結果、勝利のほとんどは評価を落としたレースであげており、1番人気では6戦して1勝だけにとどまった。

 3歳時には1200mのクリスタルCを勝利し、4歳の最終戦は有馬記念での5着と、幅の広すぎる距離適性を示したともいえる。競馬場で騎手を振り落としたこともあった。

 そんな狂気に満ちたダイタクヘリオスが手にした最大の勲章といえば、マイルチャンピオンシップの連覇である。

断然人気馬を封じ込めて連覇

 まずは1991年・第8回のレース。安田記念勝ち馬ダイイチルビーが圧倒的1番人気に推された一戦だったが、ダイタクヘリオスは飛ばしに飛ばし、この大本命に2馬身半の差をつけて逃げ切り勝ちを飾る。前走・スワンSでは9着と潰れており、マークが甘くなったタイミングでの大逃走劇だった。

 翌1992年・第9回も、1番人気は牝馬のシンコウラブリイに譲った。が、レースは完全にダイタクヘリオスのものとなる。前走・天皇賞で暴走したにもかかわらず、ここでは好位追走からジワリと先頭に立ち、4コーナーから後続を突き放すという走りを披露。そのままシンコウラブリイを1馬身半封じ込めて、見事連覇のゴールへと飛び込んだのだった。

 名マイラーか、それとも迷マイラーか。暴走と快走を繰り返したダイタクヘリオスは、稀代の個性派として愛された存在である。

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