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ダンスインザダーク 悔しさの向こうに咲いた菊の大輪[1996年]

着実に力をつけ、いざダービーへ

 ダンスインザダークの誕生日は6月5日と競走馬としてはやや遅い生まれ。成長の遅さが懸念されたのだが、兄エアダブリンが日本ダービー2着などと活躍。全姉ダンスパートナーはオークスを制し、ダンスインザダークに対する期待も日増しに高まっていく。

 陣営は日本ダービーを最大目標としてダンスインザダークをじっくり育てていくことにし、1995年、2歳12月にデビューさせる。ダンスインザダークにとって短くも濃厚で、苦難と栄冠に彩られた、1年にも満たない現役生活の始まりだった。

 芝マイルの新馬戦を差し切り、ラジオたんぱ杯3歳S3着で2歳シーズンを終えたダンスインザダーク。翌96年、きさらぎ賞2着、弥生賞で重賞初制覇と、レースを慎重に使われながら力をつけていく。熱発のため皐月賞は回避せざるを得なかったが、すぐさま立て直されて5月のプリンシパルSに出走。ここを危なげなくクリアし、さあ目標としていた日本ダービーだ。

クビ差でダービー制覇の夢断たれる

ダンスインザダーク写真

 イシノサンデーやロイヤルタッチといった皐月賞上位馬を押さえて1番人気に支持されたダンスインザダーク。ファンからの視線は熱く、その評価に応えようと、直線、堂々と抜け出しを図った。ところが直後から迫る伏兵にクビ差交わされて2着に甘んじる。勝ったのは、こちらも熱発のため使いたいレースを使えず、賞金的にも体調的にもようやくここに出ることができたというフサイチコンコルド。デビューから3戦目で頂点を極めた“音速”の馬に、ダンスインザダークの夢は断たれたのだった。

 結局、ダンスインザダークの素質が花開くのは秋になった。圧倒的人気に推された京都新聞杯1着をステップとして向かうのは、もちろん第三冠・菊花賞だ。

直線で見せた豪快なラストスパート

 ダンスインザダークは、またもピンチにさらされる。大外8枠17番の発走から上手く馬群の中へと潜り込んだのはよかったが、2周目の3コーナーから4コーナー、押し上げようとする周囲の馬たちに包囲されてポジションをズルズルと下げてしまったのだ。

 そして直線。内へ切れ込むようにスパートしたダンスインザダークは、およそ絶望的に思えた位置から前を急追。ロイヤルタッチとフサイチコンコルドの叩き合いをゴール前で一気に差し切る。遅れて生を受けた馬が、遅れて繰り出した豪快なラストスパートで、クラシックタイトルを手中にしたのだった。

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