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ビワハヤヒデ 遅れてきた最強馬[1993年]

3強対決のクラシック

 1993年の3歳クラシックは、一貫して“3強”の構図で流れていた。

 最初の一冠・皐月賞を制したのは武豊が駆るナリタタイシンだ。2歳暮れのラジオたんぱ杯を制した切れ者で、皐月賞でも鋭い脚を一閃、鮮やか過ぎるほどの追込み勝ちを決めてみせた。日本ダービーでも3着、古馬に混じって戦った高松宮杯(当時は芝2000m戦)でも2着に食い込み、世代屈指の実力馬として菊花賞に乗り込むことになる。

 日本ダービーを制したのがウイニングチケット。2歳9月のデビュー戦こそ5着と敗れたが、以後は弥生賞まで4連勝を飾った高素質馬だ。皐月賞では展開のアヤもあって4着に終わったものの、日本ダービーでは渾身のレースで勝利、鞍上・柴田政人に悲願のダービー制覇をもたらす。秋初戦の京都新聞杯も勝利し、二冠目を狙って菊花賞へ進んだ。

春は連続2着。悔しさを秘めて

ビワハヤヒデ写真

 そしてもう1頭、3強の一角ながら、いまだ無冠に甘んじていたのがビワハヤヒデだ。

 3強の中で、もっとも早く注目を集めたのはビワハヤヒデだった。新馬戦では2着に1.7秒の「大差」をつけ、2戦目・もみじSでもレベルの高いメンバーを相手に快勝。デイリー杯3歳Sでは難なく重賞初制覇を果たし、デビュー3連勝を飾ったのである。

 が、ここからは悔し涙の連続だった。

 朝日杯ではエルウェーウィンのハナ差2着と敗れ、明け3歳初戦の共同通信杯もマイネルリマークにアタマ差及ばず2着。岡部幸雄騎手に乗り替わった若葉Sではきっちりと勝利をつかんだが、皐月賞、日本ダービーと連続2着で、春シーズンはナリタタイシンとウイニングチケットを“引き立てる”だけに終わったのだった。

 捲土重来を期して臨んだ秋シーズン。神戸新聞杯をしっかりと勝ち切ったビワハヤヒデは、その安定感と、最後の一冠に懸ける意地から1番人気に推されて菊花賞へと挑んだのである。

強さを見せつけた菊花賞

 結果からいえば、まさしくビワハヤヒデのための菊花賞となった。

 前半はツジユートピアンがレースを作り、これを3コーナー過ぎでシュアリーウィンが交わしていくという流れ。終始3番手でガッチリと手綱を引かれていたビワハヤヒデも合わせてペースを上げ、早くも先頭に立って4コーナーを回り切る。

 直線は圧巻の一言に尽きた。みるみる後続を引き放していくビワハヤヒデは、ステージチャンプとウイニングチケットの2着争いを5馬身も後方に見ながら、悠々とゴールを駆け抜けたのである。勝ちタイム3分4秒7は当時の菊花賞レコードだった。

 この勝利で悲願のGIを手に入れ、世代最強であることを示したビワハヤヒデは、年度代表馬のタイトルも獲得。さらに翌年は天皇賞(春)、宝塚記念と勲章を増やしていくことになる。その“強さ”を最初に見せつけた一戦が、菊花賞だったといえるだろう。

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