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第145回 天皇賞(春)特集 2012年4月29日(日)15時40分発走 京都競馬場 芝3200m

天皇賞(春)とは

百年以上の歴史を紡ぐ由緒あるレース

 1905年、横浜の日本レースクラブによって創設された「エンペラーズカップ」が天皇賞の前身。翌1906年からは「帝室御賞典競走」として行われた。36年、日本競馬会が誕生したのを機に、翌37年から春と秋の年2回制に変更(春は阪神、秋は東京)。第1回は37年秋に東京競馬場芝2600mで施行。第2回・38年春は阪神競馬場芝2700mの条件で行われ、第3回・38年秋から春・秋ともに芝3200mで統一された。

 47年秋、レース名を現在の「天皇賞」に改称し、春は京都、秋は東京で開催されることになった。81年春、勝ち抜き制度(一度勝った馬は出走できないルール)が廃止されて、過去の優勝馬にも出走権が与えられた。84年のグレード制導入ではG1に格付けされ、秋は距離を2000mに短縮。これによって、春は「ステイヤーナンバー1決定戦」、秋は「中距離ナンバー1決定戦」と、その性格が明確に分けられた。

 出走資格は長い間、内国産の牡馬・牝馬に限定されてきたが、00年に外国産馬の出走が認められた。当初、外国産馬の出走枠は2頭までだったが、05年に国際競走に指定されて、外国産馬の出走頭数制限は撤廃された。同年、外国調教馬の出走も5頭まで可能となり、07年に出走枠は9頭に拡大された。翌08年からはセン馬にも出走資格が与えられた。今年は「馬連・枠連・ワイド」の払戻金に売り上げの5%相当額を上乗せする「JRA2連福」の対象レースに指定されている。

近年はステイヤー不在で波乱含み

天皇賞(春)写真

 天皇賞(春)が最初に行われたのは、昭和13年。長い歴史の中で数多くの名ステイヤーが誕生した。昭和の時代には、メイヂヒカリ、スピードシンボリ、タケホープ、テンポイント、グリーングラス、タマモクロスなど。平成に入ってからは、メジロマックイーン、ライスシャワー、サクラローレル、マヤノトップガン、スペシャルウィーク…。「これぞステイヤー」という馬たちが、淀の3200mを舞台に名勝負を繰り広げてきた。

 しかし、00年以降になるとレースの質が変化。人気馬があっさりと負けて、伏兵馬の勝利が目立つようになった。前走大阪杯7着から見事に復活した03年ヒシミラクル(単勝7番人気)、大逃げを打って2着馬に7馬身差をつけた04年イングランディーレ(同10番人気)、内から鮮やかに抜け出した05年スズカマンボ(同13番人気)、ロングスパートで押し切った09年マイネルキッツ(同12番人気)、ハイレベルな同世代争いを制した11年ヒルノダムール(同7番人気)。人気薄の馬たちが次々と勝ち上がっている。1番人気で勝利したのは(00年以降)、00・01年テイエムオペラオー、06年ディープインパクトの2頭のみ。近年はステイヤーと呼ばれる馬が不在で、実力馬でも折り合いや展開に泣かされるケースが多くなった。

天皇賞で2勝以上を挙げた馬たち

 81年に勝ち抜き制度が廃止されて以降、天皇賞で2勝以上を挙げた馬には、タマモクロス(88年春・秋)、スーパークリーク(89年秋、90年春)、メジロマックイーン(91年・92年春)、ライスシャワー(93年・95年春)、スペシャルウィーク(99年春・秋)、テイエムオペラオー(00年春・秋、01年春)、シンボリクリスエス(02年・03年秋)、メイショウサムソン(07年春・秋)。天皇賞(春)で2勝を挙げたのは、メジロマックイーン、ライスシャワー、テイエムオペラオーの3頭である。

 今年は前年の天皇賞(秋)をレコードで制したトーセンジョーダン、前年の天皇賞(春)でG1初制覇を成し遂げたヒルノダムール、10年天皇賞(春)勝ち馬ジャガーメイル、09年天皇賞(春)勝ち馬マイネルキッツと4頭の天皇賞馬が出走予定。天皇賞で2勝以上を挙げたのはいずれもスターホースばかりだが、そこに名を連ねる馬は現れるだろうか。

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