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レース情報



18世紀のコイントスが語源

 3歳牡馬クラシック(牝馬も出走可能)の第2弾。1932年に『東京優駿大競走』として創立され、その後何度か改称されたあと1964年に『東京優駿』(日本ダービー)と改称。この名前が確立され現在に至る。国内の競馬ファンの間では、単に「ダービー」とのみ呼ばれるのが一般的だ。
もともとダービーは1780年、イギリスで始まったイギリスダービー(エプソム競馬場・2400m)が祖である。その名称は、創始者であるダービー卿とパンペリー卿がコイントスをして決めたと言われる。ちなみに、単に「ダービー」というと世界的にはイギリスダービーのことである。なお、サッカーの「ダービーマッチ」のダービーはイギリス中部の都市名から来ており、競馬のダービーと直接関係はない。

全競馬人の究極の目標

 日本ダービーは、世界の競馬先進国のダービーがそうであるように、日本における最高峰のレースのひとつである。競走馬にとっては、一生に一度しか出走できない晴れ舞台。競走馬をとりまく厩舎スタッフや生産者、馬主にとって、ダービー制覇は究極の目標だとさえいえる。
そして、競馬ファンにとっては「競馬の祭典」。多くの観客を集め、また馬券もかなりの売上を集める。有馬記念と並び、一年間で最も盛り上がるレースである。
なお、中央競馬でダービーというとこのレースだけだが、地方競馬では東京ダービー(大井競馬場)、ダービーグランプリ(盛岡競馬場)といったダービーを冠したレースがいくつか行われている。

強い馬が勝つレースに

 日本ダービーは創設された1932年からずっと2400mで行われている。最初の2年だけは目黒競馬場で、3年目の34年からは東京競馬場で行われている。戦争により45、46年の2回が中止された以外は、すべて開催されている。
日本最高峰のレースだけに勝つのは難しく、73回の歴史で連勝した騎手は武豊騎手だけ、連勝した馬主も金子真人氏のみである。
1992年にフルゲートが18頭と規定されるまで、ダービーは25〜30頭で行われることが多かった。したがって先行争いが熾烈を極め、「最も運のいい馬が勝つ」などといわれたが、92年以降は一変。ここ6年は1番人気馬が勝っており、強い馬が順当に勝つのがダービーという風潮になってきている。

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