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第56回 有馬記念特集 2011年12月25日(日)15時25分発走 中山競馬場 芝2500m

有馬記念とは

1年を締めくくるドリームレース

 1955年まで暮れの中山競馬場の名物レースは中山大障害のみだった。そこで翌56年、当時の日本中央競馬会理事長・有馬頼寧氏が「中山にも日本ダービーに匹敵する大レースを」と提案。プロ野球のオールスター同様、ファン投票による出走馬の選定を行うという画期的な大レースが創設された。それが第1回「中山グランプリ(中山競馬場芝2600m)」である。

 ところが、翌57年1月9日に提唱者の有馬頼寧氏が急逝してしまう。そこで同氏の功績を称えるため、第2回以降の名称を「有馬記念(グランプリ)」に変更した。グランプリはレースの副題で、このレースを制した馬はグランプリホースと呼ばれる。66年からは現在の芝2500mで実施。84年のグレード制導入ではG1に格付けされた。07年から国際競走に指定され、外国調教馬は6頭まで出走可能となった。中央競馬の1年間を締めくくる総決算として、競馬ファンならずとも注目するビッグレースである。

ファンを魅了する熱戦

有馬記念写真

 ドリームレースにふさわしく、創設当初からファンを魅了する熱戦が繰り広げられてきた。「消えた」と実況されたシンザンが大外から追い込んで勝った65年。テンポイントとトウショウボーイが一騎打ちを演じた76・77年。グリーングラスが有終の美を飾った79年。皇帝シンボリルドルフが圧勝した84・85年。ファンの涙を誘ったオグリキャップ引退レースの勝利は90年。1年ぶり出走トウカイテイオー奇跡の復活は93年。武豊騎手の手が上がったが、勝ったのはグラスワンダー99年。ディープインパクトまさかの敗戦と圧勝劇は05・06年。37年ぶり牝馬の優勝ダイワスカーレットが08年。そしてのちにドバイワールドC制覇の快挙を成し遂げるヴィクトワールピサの勝利は10年。有馬記念を語り始めると止まらなくなるファンは多いだろう。

有終の美か、世代交代か

 有馬記念は1年間の総決算レース。トップホースたちがこのレースを最後に引退することも多い。グレード制導入の84年以降、見事に有終の美を飾ったのは、90年オグリキャップ、03年シンボリクリスエス、06年ディープインパクト(93年トウカイテイオー、08年ダイワスカーレットは翌年も現役続行の予定だったが、故障により引退。結果的にこのレースが有終の美となった)。シンボリクリスエスとディープインパクトは当日の最終レース終了後、引退式を実施した。

 一方、このレースで引退宣言をした古馬の代表格が敗れ、新興勢力が勝利することもある。古くは、最後の芦毛対決となった88年。3歳オグリキャップが天皇賞(秋)、ジャパンCで先着を許した4歳タマモクロスを破って優勝した。98年にはラストランとなったエアグルーヴが5着に敗退。勝利したのは3歳グラスワンダーだった。そして01年はG1タイトルを数々と獲得してきたテイエムオペラオーのラストラン。単勝1.8倍の1番人気に支持されたが、5着に敗退。菊花賞馬マンハッタンカフェが外から差し切った。

 今年はブエナビスタとオルフェーヴルの対決に注目が集まっており、前者が勝てば「有終の美」、後者が勝てば「世代交代」といえるだろう。なお当日の最終レース終了後には、ブエナビスタの引退式が予定されている。

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