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ライバルたちは、千載一遇のチャンスと静かに笑みを漏らしたに違いない。当時の中長距離路線で絶対的な権勢を誇っていたテイエムオペラオーが、初めて“付け入る隙”を見せたのである。2001年・第123回天皇賞(春)のことだ。 1年間無敗の絶対的存在 その2年前の1999年、テイエムオペラオーは皐月賞1着、日本ダービー3着、菊花賞2着と安定した成績を残し、日本ダービー馬アドマイヤベガ、菊花賞馬ナリタトップロードとともに“3強”として3歳クラシックを盛り上げた。暮れの有馬記念では1歳上のグラスワンダー、スペシャルウィークに次ぐ3着。多くのファンが「来年はこの馬が中心」と感じたはずだ。 翌2000年、テイエムオペラオーは期待以上の成長を遂げた。4歳初戦・京都記念を皮切りに、阪神大賞典、天皇賞(春)、宝塚記念、京都大賞典、天皇賞(秋)、ジャパンカップ、そして有馬記念までをも制覇。なんと無敗のままで重賞8連勝、力強くターフを駆け抜けたのである。 どこまで続くのか。期待を高めた2001年、5歳初戦となった産経大阪杯でテイエムオペラオーは“付け入る隙”を見せてしまう。中団から好位へ進出し、さあ直線、スパートというところで伸びを欠く。トーホウドリームとエアシャカールに交わされ、アドマイヤボスにも競り負けての4着。「1年間も無敗を続けた反動か」「衰えが見られるのか」と疑問を抱かせる敗戦だった。 ライバルの希望を粉砕 これに対し、菊花賞以来テイエムオペラオーに先着できていないナリタトップロードは、阪神大賞典で8馬身差の圧勝。4度挑んだGIすべてでテイエムオペラオーの2着に甘んじていたメイショウドトウも、日経賞を制した。おまけに雨天となった第123回天皇賞(春)で、テイエムオペラオーは荒れ始めた馬場の内側を走らざるを得ない1番枠、3コーナー過ぎで早くもムチが入るという苦しいレースぶり。長い間テイエムオペラオーに苦汁を飲まされ続けてきたライバルたちは、逆転のチャンスを感じ取ったはずである。 ところが、希望は露と消える。 直線、先頭に立ったナリタトップロードを残り100mで力任せに交わし、差して来たメイショウドトウも2分の1馬身封じてテイエムオペラオーが1着ゴール。連覇を果たすとともに「王者はやはり王者だった」と知らしめたのであった。
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