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第90回 新人騎手の一年

2010/2/8(月)

2009年3月にデビューした5人の新人騎手の一年は、それこそあっという間に過ぎさり、早くも次のステージの戦いに入っている。新人騎手としての一年、何を感じ、何を考えて過ごして来たのだろう。8勝をマークして民放競馬記者クラブの新人賞を受賞した丸山元気騎手を訪ねてみた。

丸山元気騎手

丸山騎手は群馬県伊勢崎市の出身。父は北関東の雄・丸山侯彦騎手。そして祖父は丸山勤調教師。騎手になるべくしてなったという環境であるが、小学校から中学時代は野球に熱中して過ごしている。父は仕事の関係で、朝、ちょっと逢う程度で、夏休みの家族旅行やイベントは皆無、「野球以外何もなかった。」と振り返る。地元のチームで、彼は小柄な体ながらファーストを守っていた。これは監督のツルの一声で、チーム内で誰からも好かれており、皆が投げやすいからだそうだ。彼の天性の明るさを窺うことができる。打順はバントが巧みで、2番ないしは9番でつなぎ役に徹していた。チームのレベルの高さは、関東大会でベスト8に残るほどだったことが証明しているが、毎回応援に駆け付けた母親の理江子さんが彼の活躍を支えていたのだろう。

野球少年の彼がまったく競馬に興味を示さなかったのかというと、それはまったく別問題だったようで、父親の活躍を見ながら、幼稚園の頃にはもう騎手になる決心をしていたという。そして野球の練習の無いときは、祖父と共に高崎はもとより、宇都宮、足利にまで足を延ばして競馬を見ており、中学卒業の頃、JRA競馬学校を選択することは当然の道筋となっていた。

さて、親元を離れて競馬学校での寮生活自体、彼はそれほど苦痛ではなかったようだが、野球に明け暮れていたため、ほとんど乗馬の経験が無く、実技の成績は同級生の中で最下位だった。初めて味わう屈辱の日々。そんな彼に救いの手を差し伸べ、励ましてくれたのが、元騎手で教官の蓑田早人さんであった。その甲斐あってか2年生に進級後、彼は競走の試験で1位になるまでに上達した。

騎手試験も無事に通過し、あこがれのJRAの騎手としてデビューした丸山元気騎手は、3月1日、中山で初めてレースに騎乗した。不安な気持よりも期待と喜びの方が圧倒的で、パドックでもウキウキしており、スタンドの声援を楽しみながらスタート地点に向かった。しかし、ウキウキした気持はここまでで、実際にゲートが開くとレースはあっという間に終り、何もさせてもらえず、16頭立の11着という成績、無力な自分をつくづく思い知ることになる。その後4人の同期生は次々と勝星を挙げ、4月が終った段階で勝星の無いのは彼一人になってしまった。取り残された立場となって「焦らないと言えば嘘になりますが、それほどせっぱつまった気持ではありませんでした。」と振り返る。父親や根本調教師から、そう簡単には勝てないと言われたこともあったのだろうが、元来、クヨクヨしないタイプなのかもしれない。結局、初勝利をマークしたのは1回札幌も終盤に入った7月11日のことである。初騎乗となるオンザスローンは、馬場に入ったときからいい雰囲気を漂わせており、ひょっとしたらという感触は感じていたが、まさか勝つとは、というのが正直な感想であった。ゴールした瞬間、勝ったという実感と無上の喜びを感じたのだが、今までに味わったことのない気持と表現している。そして恥ずかしそうに「一つ勝ったぐらいで浮かれていてはいけないんですが、安心しました。」と付け加えている。

彼が影響を受けた騎手は多いが、メンタルな面では松岡騎手の名前を挙げている。普段と競馬のときの気持のギャップが凄く、全然違うと語っている。明るく冗談ばかり言っている日常と、競馬へ行ったときの強気な気持の変化に驚いたようだ。その松岡騎手には、馬のことを思って乗れ、気持で負けるな、終ったことはクヨクヨするな、そうしないと次も失敗すると教わっている。又、追い方に関しては、津村騎手の追い方が好きと語っている。自分自身の中で何かが変わったと感じられるようになったのは、札幌から新潟へ移った頃のようだ。自厩舎の馬で勝ったときのことだが、馬場に入ってからの過ごさせ方、馬の口向きの制御などがいくらかわかってきた。そしてレースの流れの中での位置どりについても、トップジョッキーがどのように進むか、そしてその後について行けば道ができることも実感できるようになったようだ。毎週木曜日は前週に行われた競走のパトロールビデオを、全部見て過ごすことも習慣になった。馬のクセを克明にチェックし、その対応策を練る大事な一刻になっているようだ。

現在、丸山元気騎手は、下半身の強化を課題として掲げている。その為にあちらこちら厩舎を訪ねては、できるだけ多くの馬の調教に騎乗することを依頼している。彼の身長は166センチと、騎手の中では長身の部類に入る。マシンやジムのトレーニングで筋肉がついてしまうと、今度は競馬の日に減量の問題が出てくる為、とにかく馬にできるだけ多く乗ることを心がけているのだそうだ。

一年間があっという間に過ぎたわけだが、いい馬に乗りながらチャンスを生かせず、あまりいいことは残っていないと振り返る。新人賞受賞についても、もらえるような数字ではないが、恥じないように頑張りたいと語った。

2010年1月11日中山6R500万下

師匠である根本調教師は彼に対して「今は能力の足りない馬に、減量でどこまでカバーできるか、そしてその実績を積み重ねていく大事な時期。この一年間、馬のことだけに目を向けること。そして自分が乗せてもらった時、前回より必ずいい着順に持ってくるように。」とアドバイスを送っている。又、「性格は気さくで、悩みが内にこもらないタイプだが、多少チャランポランにも感じられる。ウチの家内にヘラヘラとニコニコは違うのよと言われるぐらいですから。でも最近、少しずつニコニコになってきた。彼の周りには成田、栗原、平目、木藤という元ジョッキーの先輩が居て、体験談を交えてやってはいけないこと、やらなくてはいけないことを話しているんですが、最近、ようやく集中して聞いているようです。目覚めてきたんでしょうね。」と語ってくれた。

さて父親の丸山侯彦さんの存在に関して彼は、馬に関してボクの中では日本一の人。凄いんだなと今でも感じていますと語っているが、父からは、消極的になるなと言われているそうだ。

さて丸山元気騎手は今年の目標として、とにかく減量を減らすこと、具体的には30勝、できれば40勝と数字を掲げている。これからの一鞍一鞍の騎乗でどう変わってくるか、注目したい。

※免許の通算取得期間が3年未満の見習い騎手は特別競走とハンディキャップ競走を除き、通算勝利数が30勝以下は3kg、31〜50勝は2kg、51〜100勝の1kg負担重量を減量される。

ライタープロフィール

白川 次郎 (しらかわ じろう)

1945年11月生まれ、高知県出身。元日本短波放送・ラジオたんぱ・ラジオNIKKEIアナウンサーで現在はフリーアナウンサー。ラジオNIKKEIにて『中央競馬実況中継』など、競馬番組を中心に担当している。また、関東地方の独立UHF放送局放送『中央競馬ハイライト』の土曜日キャスターとしても出演している。

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