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第86回 藤沢和雄調教師の仕事―その2

2010/1/11(月)

平成21年、藤沢和雄調教師は、東西を通じてのJRAリーディング・トレーナーに返り咲いた。初めてリーディングの座についた平成5年以来、平成7年からの10年連続を含む14度目の栄誉である。

さて、藤沢師が調教助手として菊池厩舎に入った昭和52年以来のリーディング・トレーナーの記録を見てみると、52年から55年まで伊藤修司師が4年連続、その後、56年夏村辰男、57年二本柳俊夫、58年、59年伊藤雄二、60年小林稔、61年服部正利、62年伊藤雄二、63年田中良平、平成元年小林稔、2年橋口弘次郎、3年渡辺栄、4年小林稔の各調教師がそれぞれトップに立っている。そして藤沢師が平成5年にその名を記録に残すのだが、翌年には松山康久師にその座を明け渡している。まさに群雄割拠という表現がピッタリの調教師の勢力分布であった。

1年毎に厩舎の成績が上下するのは、やはり生きている馬を相手にしている以上、仕方がないことかも知れない。前年、勝ち星をマークした馬が、クラスが上がって頭打ちになったり、次世代に活躍を見込んだ馬が伸び悩む、血統から期待された新馬が思うように仕上がらない、怪我や病気、大手馬主の去就というような負の要因は、どの厩舎も例外なく抱えているからである。藤沢師も「リーディングを続けて獲るという、お手本や参考例というのは無かったんですよね。」と当時を振り返る。そして「どうすれば駄目になるかという例しか無いわけですから、人の真似はしない、できない訳ですよね。」とも語っている。そこから10年連続のリーディング・トレーナーの座を守り続けていくのだが、こうなると運の強さということだけでは片付けられない、藤沢師独特の理論と手腕がその要因であると思うのが自然であろう。藤沢師の著書「競走馬私論」を読んで頂いて、そのあたりの事情を感じ取って頂くのがベストであろうが、「馬というのは、2歳、3歳では仕事にならない。走る、レースをするという仕事がきちんとできるようになるのは、4歳以降である。」という記述や、「強い馬、走る馬ほど温厚な性格ではなく、動物としての強い意志を持っており、簡単に人間に従おうとしない。」更に、「気性の問題は馬の扱い方で変わる。競走馬一頭一頭にかける、人間の愛情と時間が大切。」というような項目が心に残った。

そうした上で藤沢厩舎の調教を見ていると、あれこれ納得できることが見えてくる。リーダーホースに導かれ、2歳馬も与えられた順番を守りながら整然と一列縦隊でコースに入っていく。上に乗った人間の指示で現在のポジションで進むことは、レースに於いて当然必要なことである。そして苦しくなるギリギリ手前の調教を続けることで、馬が調教に対して悪い印象を持たずに強くなれるのではないかという考え方。速い時計を出すより、気分よく走らせることを優先していることが理解できる。その上で藤沢師はリーダーホースの重要性を語る。競走馬としての高い能力と豊富な経験を持った馬の側で、未経験の馬が一つ一つの事を学習していく、言わば馬が馬を育てるシステムのことだが、厩舎開業時、初勝利をもたらしてくれたガルダンの果たした役割を、今でも藤沢師は忘れていない。

イギリス流のパターンや、基本的な知識を学んでも、環境やシステムの違う日本では、それこそ一つ一つ手探りで試行錯誤していかなければならないことが、山のように多かったことだろう。結果につながらなかった方法や努力、又、結果を出すまでに長い時間耐えなければならなかったこともあった筈である。それは馬に限ったことではなく、馬を扱うスタッフも同様で、意識の改革、技術の習得、日々の作業の整備などを、妥協することなく推し進めている。そんな藤沢師が最近入ってくる若い厩務員に対し、「本当に馬が好きで、牧場経験や乗馬経験を持った人ばかりが来る。そういう人は、本当に一生懸命やるので、こちらは方向性を示すだけで良い、そうすると自発的に動き出す。」と語っている。チーム全体が着実にレベルを上げていっていることが想像できる。

Happy People make Happy Horse と刻まれた 1000勝の記念碑

そうした背景の中で藤沢師は、週に3回、ゴルフ場に足を運んだ時期があった。仕事はゴルフと釣りで、競馬は趣味と語っていた頃のことだろう。夏場の調教だと10時前後には大半の馬がスケジュールを消化してしまって、近辺のゴルフ場なら十分にスタート時間に間に合うのは確かである。ただ、厩舎のスタッフのレベルが上がり、ある程度まかせる部分があったにしても、何故、厳しいスケジュールの中でそれほどゴルフに打ち込んだのであろうか。その答えは、若き日に4年間を過ごしたニューマーケット時代にあった。日々の作業を黙々とこなしながらも、将来の展望もなく、言葉の壁から仲間達とも親密な関係が作れず、暗い表情の藤沢師に、同僚のジョン・マギーがかけた「Happy People make Happy Horse」直訳すれば、幸せな人が幸せな馬を作る、という単純な言葉が、藤沢師の心を開き、迷いを吹き払ったようで、1000勝の記念碑にも刻まれた。馬はもちろん、馬主、従業員とその家族に対する責任、そして増加していく義務の中で、好きだからこそこの仕事に就いている、今の自分をハッピーと思うための触媒が、ゴルフであり釣りだったのだろう。その時間だけは、全てを忘れてのめり込む必要があったに違いない。只、現在はもうそんなことはしていないと語る。還暦を目前に控え、体力面と同時に観察力が衰える事を懸念してのことだが、再びリーディングの座に就いたことも、自分をハッピーと思えることと無縁ではなかったのかも知れない。

藤沢厩舎は、あれだけいい馬を揃えれば、成績がよくなるのは当たり前、という話は我々もよく耳にするが、藤沢師は原則として馬の選り好みはしていない。全てをまかされて馬を選ぶことはもちろんあるが、大体において馬主、又は馬主の代理人が選んで入厩する事が多い。ニューマーケットで過ごした時代、プリチャード・ゴードン師をはじめ、有力な調教師も大旨がそうであったと回想する。更に、自分の馬を見る目はゼロに等しいと語っているが、それは、個体差を認めそれぞれの馬にあった調教をする事こそ調教師の仕事と、はっきり割り切っているからであろう。技術調教師時代、藤沢厩舎で過ごした鹿戸雄一調教師は、「とにかく海外のことまでも含めて、いろんなことをよく知っている。それに昔のレースや調教のことを実によく記憶していますよ。ですから毎回常に馬にあわせて、ワンパターンにならず、新しいことを取り込んでいってますね。」と藤沢師について語っている。

新しい年の競馬が始まったが、今年も藤沢和雄調教師は、恩師プリチャード・ゴードンの「急ぐことはない。時間はたくさんあるのだから。」という教えを胸に、忙しく動き回っていくことだろう。

ライタープロフィール

白川 次郎 (しらかわ じろう)

1945年11月生まれ、高知県出身。元日本短波放送・ラジオたんぱ・ラジオNIKKEIアナウンサーで現在はフリーアナウンサー。ラジオNIKKEIにて『中央競馬実況中継』など、競馬番組を中心に担当している。また、関東地方の独立UHF放送局放送『中央競馬ハイライト』の土曜日キャスターとしても出演している。

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