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第74回 若手騎手の闘い

2009/10/19(月)

びっしりと生い茂り、トップを競いあう巨木の隙間から、なんとか日差しを浴びようと伸びてくる若木の姿、こうした構造はスポーツの世界ではあたりまえであり、ジョッキーの世界でも例外ではない。只、巨木と言われる存在も、かつては若木であったわけで、若木達は不安を抱えながらも懸命に明日に賭けている。

1年目こそ127戦3勝ながら、2年目に536戦31勝、そして3年目の今年、10月4日の4回中山の開催が終了した時点で、572戦39勝をマークしている丸田恭介騎手もその1人。同期デビューは池崎祐介、大下智、荻野琢真、草野太郎、田中健、浜中俊、藤岡康太、宮崎北斗騎手がいる。

丸田騎手は昭和61年、北海道旭川の出身。彼が2歳半の時に両親が離婚、母と姉、そして祖父母の5人暮らしの環境で彼は育った。

丸田恭介騎手

“甘えん坊”と自ら語るが、母が仕事に出た後、全ての世話をしてくれた祖父母には素直に感謝の気持ちを表している。彼の素朴でホノボノとした表情は、そのおかげであることが実感できる。

競馬とはまったく無縁の環境だったが、ゲームと、中学の同級生の影響が大きく、競馬の中継はよく見ていたそうだ。只、中学生にとって札幌競馬場は遠く、旭川の競馬場も1回行っただけで、地方競馬は馬も騎手もなじみが薄く、よくわからなかったというのが感想だった。

小学・中学時代、サッカーのクラブに所属し、キーパー以外は全てのポジションを経験した少年が、競馬に情熱を燃やし、とうとうJRA競馬学校・騎手課程の試験を受けることになる。この時、丸田少年は生まれて初めて札幌競馬場を訪れたのであるが、結果は無情にも不合格。やむなく進路を変更して高校に入学したが、騎手への夢を捨て難く、翌年、改めてチャレンジして、とうとう入学試験を突破したのである。

さて、めでたく入学した競馬学校ではあるが、現実の厳しさに早速遭遇することになる。進級試験に失敗した彼は、もう一度、1年生として過ごすことを言いわたされる。新1年生は、昭和63年と平成元年早生まれで、2歳年下の世代である。挫折感と新たな仲間との対応に悩むのは当然だと思うのだが、「あまり意識しませんでした。気にしてもしょうがないですからね。」と淡々と彼は答えた。逆境の中で冷静に事態を受け止め、平然と対処していくこのスタイルは、彼の天性なのか、あるいは、これまでの短い期間の中で身につけたものなのか、いずれにしてもこれから生き抜いていく上で、大きな財産と言えるだろう。

1年目の騎手生活を終えたとき、「どれだけ数多く乗せてもらえるか、それだけを考えてコネづくりに走り回った1年」とふり返っている。そして迎えた2年目、何かを掴んだと実感できる騎乗があった。春の福島で3勝したときのこと、その内2頭は最低人気であった。「1頭は4コーナーで大外を回したんですが、それまでのリズムが良くて差しきってくれました。もう1頭は、リスクはあったんですが、最内に入れてうまく前が開いたこともあって勝てたんです。神がかりというか、ボクは運だなーと思いましたね。経験の中でチョットだけ流れが感じられるようになったんでしょうか。それ以来、函館、札幌はいい回転で、帰ってすぐ福島で勝ち星が伸びました。巡り合わせがよくなったなと感じました。ちょっとずつうまくなった気はしてきましたが、飛躍的とまではいきませんね。」更には、乗ってワクワクして楽しいときは成績がよいこと、勝ちたい、落したくないと思うと結果はよくないとも語っているが、「馬はボクらが思うほど何でもできるわけではないんです。あまり求めちゃいけないんですね。熱くなってしまってあれこれ欲を出すとチグハグになってしまうんです。」と語りながら、宗像先生をはじめ、力のある馬に乗せてもらっているのに勝てない。もっと勝ちたい、悔しいと心中の葛藤をも口にしている。とにかく2年目は、シーズン当初、漠然と思い描いていた30勝という目標を達成し終わった。

ポルカマズルカ 丸田恭介騎手2009年(平成21年)阿寒湖特別

そして、迎えた3年目、春シーズンに受けた騎乗停止処分でペースは遅れたが、今シーズンの目標に掲げた50勝のラインも夢ではなくなってきている。これまで勝てなかった中山コースでの勝ち星も記録できたし、札幌では目標とした15勝も達成している。北海道のうちに、自分がうまくなったと感じられるようになりたかったし、去年できなかったことができるようになりたかったそうだが、「実感できたのは、去年より人気を背負ってもおちついて乗れるようになったことで、技術は悔しいんですが、こんなものですね。」と語った。彼は騎手になったとき、まずは3年間、しっかり打ちこんでみようと考えて、趣味や遊びにはあまり目を向けなかったようだ。そして今、改めて振り返ってみると、思ったより勝っているが、その実感は無いと言う。この世界でやっていけるのか、まだしっかりした土台の上にいるわけではなく、いつころがり落ちても不思議はないと感じている。そして10年後、いい暮らしができていたら楽しい。うまく行っていればできることの幅も広がるし、騎乗の際の余裕につながる。乗鞍が減っていれば、余裕がなく固くなってしまうと考えている。

今年は特に同じレースで騎乗することの多い、ベテランの中舘英二騎手に丸田騎手の印象を聞いてみた。「まだ粗削りで他人に迷惑をかけていますが、それはボクらも通った道ですからね。減量の3年目、乗る機会にも恵まれていますし、それをよく活かしていますよね。魅力のある乗り方をしているのは、努力しているからでしょう。これからじゃないですか。勘違いせず精進すれば、ここを突き抜けると思いますよ。」と答えてくれた。

丸田騎手はレース中、不利を受けたり、閉められて前が開かないとき、そこにいたボクが悪いと考える。先輩は厳しいが、厳しいだけで終わらせるわけにはいかない。自分でどうにかしていかないといけない。それが勉強と語った。

これから秋の福島が始まる。昨年、大きく勝ち星を伸ばした舞台だが、今年は行くことを迷っている。というのは東京での依頼が増えそうなこともあるが、それによって福島での騎乗依頼が激減することが考えられるからである。果たして東京のコースで昨年同様の勝ち星が挙げられるかどうか、迷うのは当然であろう。只、彼は東京で騎乗した為に、目標の50勝を達成できなかったというのは逃げ口上だと、自分に言い聞かせているニュアンスが感じられる。今年2勝しかしていない東京コースで、どれだけの勝ち星を挙げられるか、どれだけのことを経験できるか、注目したい。

最後に、丸田騎手はレース直前、気持ちを落ち着かせる為に「これだけ上手な先輩達が騎乗していれば、自分が勝てる筈がない。思いきってやってみて、これで負けたらしょうがない。」と、自分に言い聞かせている。おまじないですと笑うが、この秋、ひょっとしたら彼は現在のレベルを突き抜けるかも知れないと思わせるものを感じた。楽しみに見ていきたい。

ライタープロフィール

白川 次郎 (しらかわ じろう)

1945年11月生まれ、高知県出身。元日本短波放送・ラジオたんぱ・ラジオNIKKEIアナウンサーで現在はフリーアナウンサー。ラジオNIKKEIにて『中央競馬実況中継』など、競馬番組を中心に担当している。また、関東地方の独立UHF放送局放送『中央競馬ハイライト』の土曜日キャスターとしても出演している。

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