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第73回 横山富雄騎手とコンビを組んだ名馬たち

2009/10/12(月)

元騎手の横山富雄さんが9月18日、病気のため亡くなられた。富雄さんはこの春の日本ダービーを、ロジユニヴァースで優勝した横山典弘騎手のお父さん。私が競馬記者としてこのサークルに飛び込んだときから、大変親しくさせて頂き、教えられることの多かったトップジョッキーの1人でした。

私が担当記者として、東京競馬場の厩舎に出入りできるようになったのは昭和45年の夏、関西馬タニノムーティエが、アローエクスプレスとの東西対決に勝って、晴れのダービーの表彰台に上がった年、その感動、興奮はまだ覚めない夏競馬開催中でした。

富雄さんはそのころ、フジノオーで中山大障害4連覇の偉業を達成していたばかりか、不良馬場で争われた44年秋の天皇賞をマーチス、フイニイなどの強豪相手に、メジロタイヨウで優勝するなど、すでに華やかな脚光を浴びる人気ジョッキーでした。

東京競馬場の広い厩舎群の中で、右往左往しながら取材にあたる駆け出し記者に、嫌な顔一つ見せず快く応じてくれたのは富雄さんでした。翌46年から夏競馬は北海道シリーズ担当として函館、札幌に長期間滞在するようになった私を、「夕飯でも食べに行こうか」とやさしく声をかけ誘ってくれたのも富雄さんでした。

メジロムサシ1971年(昭和46年)天皇賞(春)

その年の春の天皇賞、宝塚記念をメジロムサシで連覇して、愛馬とともに函館競馬場入りした富雄さん。取り囲む報道陣は多く、港町函館での生活が初めての私も、朝の取材時はいつもその輪の中にいました。

忘れもしません。私だけに声をかけてくれたのは、メジロムサシが62kgの重いハンデを背負わされながら、リキエイカン以下を1馬身1/4も突き放し、1番人気にこたえた重賞函館記念の、ヒーローインタビューのあとでした。

厩舎が全休日の翌月曜日、函館は駅前の繁華街の松風町にある喫茶店で夕方に待ち合わせて、富雄さん行きつけのお寿司屋さんで、新鮮なネタ寿司を頬ばりながら、時の経つのを忘れて、競馬談義に花を咲かせたものでした。

年齢では私の方が少しばかり上でしたが、競馬の世界では富雄さんのキャリアは豊富で、仕事上では大先輩、年齢が近いということもあったのでしょうか、取材する記者とされる騎手の関係ですが、昭和60年に長い騎手生活にピリオドを打たれ、調教助手に転向されたあとも、本当に仲良くさせて頂き、大変お世話にもなりました。

美浦トレセンで顔を合わせると、「たまには家へも遊びに来てよ」と何度となく声をかけてくれましたが、思うように時間も取れずに帰京してしまい、ここ数年は気にはかけながらも、言葉を交わす機会もなく、時が過ぎてしまいました。それが残念でなりません。

いま横山富雄騎手との、あの日あのときが思い出されてきますが、コンビを組んできた名馬、実力馬となりますと、身近で取材してきたメジロファントムと牝馬ニットウチドリが、懐かしく思い出されてきます。

メジロファントムは2歳の暮れにデビューして8歳まで元気に走り、44戦して5勝2着5回3着10回。東京新聞杯、目黒記念での重賞勝ちはありますが、何度となく挑戦したGIレースの勲章は手にできず、大相撲でいうなら“万年大関”。そんなイメージの馬で、逆にそれがファンからの人気を得て、ターフを去って行った名馬の1頭として、多くのファンの心にも残っていることでしょう。

デビュー当初は大久保末吉厩舎所属の宮田騎手(現調教助手)が手綱を取って、4歳春の東京新聞杯まで3勝を挙げてきました。富雄さんが初めて乗ったのは、その年初夏の宝塚記念、ダービー馬サクラショウリの5着と敗れましたが、着差はわずかの0秒4差。高松宮杯、函館記念の重賞を3,4着と惜敗したあと、サファイヤSで、コンビを組んで初めての勝ち星を挙げています。

ニットウチドリ1973年(昭和48年)桜花賞
ニットウチドリ1973年(昭和48年)桜花賞 口取

しかし7歳秋の目黒記念を、的場騎手(現調教師)に乗り替わって5勝目を挙げるまで、勝利の女神が微笑むことはなく、オーナー、厩舎サイドはもちろんのこと、一票を投じて応援するファンをも、くやしがらせることしばしばのメジロファントムでした。

3歳暮れが初挑戦だった有馬記念は、5戦して13、2、4、10、10着、天皇賞は春秋に6たび戦って、4歳秋がスリージャイアンツの2着、翌5歳秋はプリテイキャストの2着、6歳春はカツラノハイセイコの3着、秋は7着、7歳秋にもコマを進めて6着、8歳春4着、また宝塚記念も5、3、8着、6歳時の第1回の外国馬を招待してのジャパンCも外国馬メアジードーツの11着でした。

この間、脚部故障から半年以上の戦線離脱が3度、不死鳥のようによみがえって、GI初制覇を目指したメジロファントム。こんにち、こんな馬は見あたらないでしょう。引退後は東京競馬場の乗馬棟で余生を送っていたメジロファントムに、何度となく会いにでかけましたが、馬房の前の“噛みつき注意”の看板に、改めて気の強さ、負けず嫌いのメジロファントムを感じました。

また、富雄さんとのコンビで桜花賞を勝ち、オークスは2着惜敗も、秋のビクトリアC(現秋華賞)では、オークス馬ナスノチグサを抑えて優勝、古馬に初挑戦の有馬記念では、人気絶頂のハイセイコー相手に、積極的に逃げて人気薄のストロングエイトとの“行った、行った”のワンツーフィニッシュ。あの華麗な舞いを見せたニットウチドリの小気味よい先行力、スピード、そして粘りは、名手横山富雄騎手の、手綱さばきによるところ大ではなかったでしょうか。

いま横山富雄さんの思い出が、走馬灯のようによみがえってきます。ダービーの栄光を手にして、父を超えた子息典弘騎手。今後のファミリーの活躍を天国から温かく見守る富雄さんではないでしょうか。ご冥福をお祈りします。

ライタープロフィール

原 良馬 (はら りょうま)

1933年10月生まれ、群馬県出身。デイリースポーツ東京本社、中央競馬の予想記者担当を経て、独立。競馬ジャーナリスト活動を本格化した。ラジオNIKKEI『中央競馬実況中継・土曜日午前中』、テレビ東京『ウイニング競馬』のレギュラー解説、また雑誌の競馬コラムや美浦トレーニング・センターで行われるGIレース公開調教会の司会進行なども担当している。

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