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第57回 心に残る名馬たち No.12 ファンタスト

2009/6/22(月)

“悲喜こもごも”という言葉は、一般的にもよく使われているが、競馬サークル内でもよく耳にしたり、目にすることは多い言葉である。私もつね日ごろ、コラムで書いたり人前で口にすることは多いが、悲しみと喜び、どちらが記憶に強く残っているかとなると、悲しみの方ではないだろうか。

夏競馬が始まった。夏競馬にも悲喜こもごも、忘れることのできない出来事は多いが、毎年この時期になると決まって思い出されてくるのが、取材先の函館競馬場で目にした、皐月賞馬ファンタスト急死という悲しい出来事である。

当時はデイリースポーツ社の北海道シリーズ取材記者として、巨漢の快速馬トモエオーが、函館、札幌の現2歳Sを豪快に逃げ切り連覇した昭和46年から、現地函館、札幌に4開催もの長い間滞在して、暑さ知らずの夏を10年ほど過ごしてきた。

ファンタスト1978年(昭和53年)皐月賞

ファンタスト突然の死に直面したのは、函館競馬場での取材も慣れて、顔見知りの調教師さん、騎手も増えて、仕事も楽しくなった昭和53年。忘れもしない函館記念から10日後の7月19日のことである。

晴れのダービーでは末脚を鈍らせて10着と敗れ、皐月賞に次いでの二冠制覇の夢は消えてしまったファンタストだが、その後は元気に函館競馬場入り。トレーニングは休みなく積まれて、7月9日の重賞函館記念にコマを進めている。結果はライバルのバンブトンコートに優勝をさらわれたものの、古馬相手に3着と力走、充実の秋へ向けて期待を大いに抱かせたファンタストだったが、その10日後にまさかのアクシデントに見舞われるとは・・・・・・。

馬場入り前の早朝の引き運動で、歩様がいつもと違って弱々しく、目もとろんとして輝きがない。担当の星川厩務員はファンタストの異常を感じ取って馬場入りを取り止め、すぐに診療所に直行したという。

ファンタストの話となると、いまでも顔を曇らせ、言葉をつまらせる主戦柴田政人騎手(現調教師)。4歳クラシックの表彰台に初めて立った思い出深い皐月賞馬であれば、その思いも当然であろう。

「函館記念後は異状も見られなかったし、軽いところは毎朝元気に乗られていたんだ。その日も自分が乗るつもりでいたら、腹痛を起こしたというので馬場入りは休ませたが、まさか急に容態が悪くなるとは・・・・・・。まだ陽も落ちない3時前だったと思う。横になったまま、立ち上がれず、息を引きとる寸前に、ファンタストは大きな声を出して泣いてオレにもたれかかってきた。わずか1年余りの騎乗だったが、乗っていたオレを知っているんだ。調教中に骨折したミホランザンもそうだったが、最後の瞬間はオレに体をあずけるように倒れた。そのとき初めて、馬は人間を頼って生きてきた動物なんだと痛感した」

そのときの柴田政人騎手の言葉が、まだ耳元から離れない。

「大先生(高松三太調教師)と邦ちゃん(高松邦男調教師)は牧場へ出かけて留守で、連絡はとったが間に合わなかった。あんな悲しい思いをしたのは初めて。ファンタストのそばから離れられず、悲嘆にくれていたよ」とつけ加えた柴田政人さん。

午後の厩舎回りを足早にすませた私は、厩舎内の木陰の砂場に横たわるファンタストの前にひざまずいて、首すじをやさしくなでて、両手を合わせて冥福を祈ったが、そばに居合わせた柴田騎手、星川厩務員には言葉をかけることもできず、ただただ大粒の涙を流し、それを拭うこともできず、しばし立ち上がれなかった。遠い昔の出来事だが、古い取材ノートをひも解くまでもなく、その悲しみがつい昨日のように思い出されてくる。

ファンタストの死因は変位疝・盲・結腸移行部の結腸ねん転と診断された。それは昭和53年7月19日、午後2時25分と記録に残っている。

ファンタストは華麗なる一族と脚光を浴びてきたトウショウボーイやハギノカムイオーのファミリーと同じように、クラシックを獲るために生まれてきた名門の出である。父イエローゴッドはアイルランドから輸入の期待の種牡馬で、ファンタストはその初年度産駒である。また母フアラデイバは、フランスから輸入の名牝ソーダストリームが、日本で初めて生んだ子どもで、現役時はオークスを2着と好走。妹ミオソチス(オールカマーなど5勝)、弟アローエクスプレスは、西のタニノムーティエと人気を二分してクラシックを賑わした実力馬で、このファミリーの活躍ぶりは2世代、3世代にまで続いている。

ファンタスト1978年(昭和53年)皐月賞

母フアラデイバはファンタストを生んだ翌年この世を去り、弟も妹もいない一人っ子となってしまったファンタストだが、悲しみを乗り越えて成長し、札幌でのデビュー戦は2着馬を7馬身も突き放す圧勝劇。転戦した函館での重賞2歳Sは、重馬場での1番枠が災いしたか、スタート直後に内ラチのロープに接触して落馬転倒の不運。帰京して京成杯(現京王杯2歳S)を逃げて2着、朝日杯3歳S(現フューチュリティS)も4着と敗れて人気を下げてしまうが、逃げ一辺倒から抑えて差す競馬に脚質転換して成績も上昇、年明けての東京4歳S(現共同通信杯)を中団追走から鋭く追い込み2着と盛り返したあと、皐月賞のトライアル弥生賞で待望の2勝目をマーク。3番人気に支持された三冠レースの第一関門皐月賞は、逃げたメジロイーグルの2番手追走から抜け出し、急追のインターグシケンを首差振り切って、柴田政人騎手に待望のクラシック初制覇をプレゼントしたファンタストだった。

しかしデビューして1年余り、病に倒れてわずか10戦(3勝)という短い競走生活にピリオドを打って天国へ旅立ったファンタスト。この夏はスタンド工事のため開催のない函館競馬だが、来夏に新装なった新スタンドに立ったとき、遠い昔の悲しい出来事がまた思い起されてくるだろう。それほど柴田政人騎手同様に私にとっても、ファンタストは心に残る悲運な名馬の1頭である。

 

ファンタストの血統

ファンタスト
鹿毛 1975年生
イエローゴッド
栗毛 1967年生
Red God
1954年生
Nasrullah
Spring Run
Sally Deans
1947年生
Fun Fair
Cora Deans
ファラディバ
黒鹿毛 1959年生
ハロウェー
黒鹿毛 1940年生
Fairway
Rosy Legend
ソーダストリーム
栃栗毛 1953年生
Airborne
Pangani

 

ファンタストの成績

開催日
開催場
競走名
着順
騎手
コース
タイム
1977/6/26
札幌
3歳新馬
1
柴田政人
ダ1000
1.00.5
1977/9/4
函館
函館3歳S
中止
柴田政人
芝1200
-
1977/10/23
中山
京成杯3歳S
2
柴田政人
芝1200
1.10.3
1977/12/11
中山
朝日杯3歳S
4
柴田政人
芝1600
1.37.0
1978/1/15
東京
京成杯
4
柴田政人
芝1600
1.37.7
1978/2/12
東京
東京4歳S
2
柴田政人
芝1800
1.50.4
1978/3/5
中山
弥生賞
1
柴田政人
芝1800
1.51.7
1978/4/16
中山
皐月賞
1
柴田政人
芝2000
2.04.3
1978/5/28
東京
東京優駿
10
柴田政人
芝2400
2.29.4
1978/7/9
函館
函館記念
3
柴田政人
芝2000
2.01.5

ライタープロフィール

原 良馬 (はら りょうま)

1933年10月生まれ、群馬県出身。デイリースポーツ東京本社、中央競馬の予想記者担当を経て、独立。競馬ジャーナリスト活動を本格化した。ラジオNIKKEI『中央競馬実況中継・土曜日午前中』、テレビ東京『ウイニング競馬』のレギュラー解説、また雑誌の競馬コラムや美浦トレーニング・センターで行われるGIレース公開調教会の司会進行なども担当している。

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