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第53回 心に残る名馬たちNo.11 ヤマブキオー

2009/5/25(月)

いまでいう“GI”の勲章こそ手にすることはできなかったが、2歳の暮れにデビューして8歳の有馬記念まで、6年もの長い現役生活でつねに陽の当たる第一線を元気に走り続け、重賞6勝を含む20勝をマーク。身近で取材にあたってきた駆け出し記者の私に、“頑張れ!”と勇気を与えてくれたばかりか、競馬の楽しさ、面白さを教えてくれたのが、ヤマブキオーという馬だった。むろん私にとっては、いまでも当時が懐かしく思い出されてくる“心に残る名馬”の1頭である。

デイリースポーツ社の中央競馬担当として東京競馬場での早朝の調教取材に出向くようになったのは、昭和45年の秋である。右も左もわからない新米記者の仕事は、こまめに厩舎を歩いて、顔を覚えてもらうことであり、実力馬めじろ押しの大厩舎や前の週の重賞競走を勝った厩舎には、必ず足を運んで、調教師さんや厩務員さんの話に、耳を傾けるのを日課としてきた。

競馬記者生活1年目の朝日杯3歳S(現フューチュリティS)を勝ったのは、森末之助厩舎のオンワードガイという馬だった。そしてその翌春のデイリー杯クイーンCも、森厩舎のヤマアズマが優勝した。社杯を勝ったヤマアズマ、これも何かの縁だろうと以後は足しげく通ってきた森厩舎だった。

そんなある日、森調教師ばかりでなく、オンワードガイの岸厩務員からも「これから入ってくるパーソロンの子はおぼえておきな」と教えられたのが、ヤマブキオーだった。

南関東大井競馬で連戦連勝、地方競馬にはもはや敵なしの快進撃で、3歳春に鳴りもの入りで中央競馬へ転籍してきたハイセイコー。ヤマブキオーはそのハイセイコーと同期生だが、人気絶頂のハイセイコーの陰に隠れて、デビュー当初はまったく目立たなかったヤマブキオーだった。

2歳暮れの中京戦でデビューして初戦は2着も、2戦目に逃げ勝って早々と白星を挙げたものの、その後は脚部を故障して9ヶ月も戦列を離れ、ハイセイコー人気に沸く3歳クラシックロードには、まったく縁のないヤマブキオーだった。

カムバックしたのは9月の函館戦、久々の不利も感じさせずに再起戦を飾ったが、その後も2度、3度と脚部不安に泣いて長期間戦列を離れることしばしば。しかし不死鳥のようによみがえって、4歳の春には中京記念を勝って重賞初制覇。7ヶ月も休んだあとの東京オープン戦では、人気をひとり占めにしてきたあのハイセイコーを2馬身も斬って捨て、全国ファンにその名も知られるようになってきたヤマブキオーだった。

5歳時にはダービー卿CTを、6歳春には中山記念、京王杯SHを連勝、初夏には中京競馬へ遠征して金鯱賞をも勝ってこの年は重賞競走を3勝している。そして周囲をびっくり仰天させての圧勝劇は、春先にオープン戦を2勝、地方競馬招待競走をも勝って海を渡った7歳夏の函館記念。巴賞快勝の余勢をかって背負わされたハンデは63.5s。それでも2番人気に支持されて、10s前後も重量差のある相手につけ入るスキも与えない快勝だった。

8歳時もオープン戦を2勝したが、そのあと7ヶ月半もレースから遠ざかり、秋に復帰戦をホクトボーイの4着と力走。次戦を期待されたが、有馬記念をカネミノブの15着と大敗、現役生活にピリオドを打ってターフを去って行ったヤマブキオーだが、6年間元気に走って47戦20勝、2着7回の成績は、記録に残る優秀な戦績といってよいだろうか。

天皇賞・秋に2度挑戦して13着、8着、有馬記念は5,6,8歳時に3度出走して5,4,15着と、GIレースは6歳時の高松宮杯(現高松宮記念)2着が最高成績で、表彰台に立つことはできなかったが、1800mから2000mの中距離戦での強さは、天下一品だった。

ヤマブキオー現役時の森厩舎には、徳吉一己(元競馬学校教官)、小林常泰(現調教師)蓑田早人(現競馬学校教官)、小宮敬三(現調教助手)と4人の騎手がいたが、4人が騎乗してそれぞれが勝ち星を挙げているのも珍しい記録である。

「この年は元気で調子もよかったし、巴賞を勝ったあとで自信はあったが、63.5sには正直不安もあった。54sのアランフェスをよく差し切れたと思うよ」函館記念を勝った蓑田騎手。生徒を連れて美浦トレセン見学に来ていたとき、思い出を語ってもらったが、蓑田さんにとっても、ヤマブキオーは忘れることのできない愛馬の1頭だろう。

ヤマブキオー 1977年(昭和52年)函館記念

5歳の春にダービー卿CTで優勝の小林現調教師も「パーソロンの子でおとなしく気性も素直。レースも乗りやすかったが、ケガも多くて・・・・。8歳まで頑張って20勝した馬、こんな馬にはもうお目にかかれないよ」と、目頭を熱くして遠い昔を振り返ってくれた。

いまでも8歳、9歳で頑張っている馬は何頭かいるが、GIレースに出走できる実力馬となると、ほとんど見当たらない。競走馬の現役生活は年々短くなっており、歴代の顕彰馬に目を向けても、最近ではテイエムオペラオーの14勝が目立つ程度、ヤマブキオーのような第一線で20勝もするような実力馬は、恐らく見ることはできないだろう。「中央競馬レコードブック」の最多勝馬に、平地競走20勝・ヤマブキオーとあるが、この記録は私の心の中ばかりでなく、競馬を楽しむ多くのファンにも語り継がれていくことだろう。

 

ヤマブキオーの血統

ヤマブキオー
鹿毛 1970年生
パーソロン
鹿毛 1960年生
Milesian
1953年生
My Babu
Oatflake
Paleo
1953年生
Pharis
Calonice
アサマヒカリ
鹿毛 1965年生
ヒカルメイジ
黒鹿毛 1954年生
Bois Roussel
イサベリーン
アサマフジ
鹿毛 1959年生
ゲイタイム
キヨハ

 

ヤマブキオーの年次成績

年度
年齢
成績
主な勝ち鞍
1972年(昭和47年)
2歳
2戦1勝
1973年(昭和48年)
3歳
7戦2勝
1974年(昭和49年)
4歳
7戦4勝
中京記念
1975年(昭和50年)
5歳
5戦1勝
ダービー卿CT
1976年(昭和51年)
6歳
12戦5勝
中山記念、京王杯SH、金鯱賞
1977年(昭和52年)
7歳
9戦5勝
函館記念
1978年(昭和53年)
8歳
5戦2勝
通算成績 47戦20勝

ライタープロフィール

原 良馬 (はら りょうま)

1933年10月生まれ、群馬県出身。デイリースポーツ東京本社、中央競馬の予想記者担当を経て、独立。競馬ジャーナリスト活動を本格化した。ラジオNIKKEI『中央競馬実況中継・土曜日午前中』、テレビ東京『ウイニング競馬』のレギュラー解説、また雑誌の競馬コラムや美浦トレーニング・センターで行われるGIレース公開調教会の司会進行なども担当している。

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