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第49回 心に残る名トレーナー・境勝太郎調教師

2009/4/27(月)

今回は“心に残る名馬たち”にどの馬を取り上げようかと、古い取材ノートを引っ張り出して、あれこれ下調べをしているとき、「境勝太郎元調教師、死去」の悲報が飛び込んできました。境勝太郎調教師といえばサクラチヨノオー、サクラユタカオー、サクラローレルなど“サクラ軍団”の実力馬たちで数多くのGIレースの表彰台に立ってきた名のある調教師さんの1人として、その愛馬の華やかな活躍ぶりとともに、独特な語り口と愛きょうたっぷりの笑顔は、多くのファンの心にも、いまなお強く残っていることでしょう。

記者の私も同じです。“こんにちあるのは境先生のおかげ”と云っても、決して過言ではないほど、長い記者生活の中でことのほか目をかけていただき、教えられることの多かった、私にとっては“心に残るトレーナー”の1人でした。

始めてお会いして言葉をかけていただいたのは、いまから30数年前、夏競馬取材に出向いていた函館競馬場でした。新聞社に在籍していた当時の私は、夏競馬となると6月初旬から9月末まで、函館、札幌の4開催を一度も帰京することなく、現地に滞在して平日朝の調教から開催日のレースまで取材にあたっていましたので、東西の調教師さんや騎手と接する機会は多く、しかも今と違って取材記者は少なかったので、すぐに顔と名前を覚えてもらえました。

「朝メシを食いに来いや」、境勝太郎調教師から呼び止められたのは、函館競馬場での調教後の厩舎を訪ねたときでした。境先生の常宿は競馬場から近い湯の川温泉の閑静な小じんまりした温泉旅館です。誘われるままにお邪魔してご馳走になったカニやイカ刺しなど、新鮮な魚介類が膳に並ぶ豪華な朝食は、いまでも懐かしく思い出されます。

公開調教の様子 右(境勝太郎調教師) 美浦トレーニング・センター

‘78年春に美浦トレセンが開場してからというもの、夏の北海道シリーズにとどまらず、美浦トレセンでの私の境厩舎詣では、毎週の調教取材の日課となってしまいました。

こんにち競馬学校のある白井分場から、美浦トレセンへ引越して来ての境勝太郎厩舎は、素質馬、大器がめじろ押しでした。翌’79年秋の天皇賞を、愛馬スリージャイアンツで優勝後は、足しげく通う報道陣の数は日を追うごとに増えて、その対応にあわただしく動き回る境先生でしたが、私には相も変わらずの面倒見のよい好々爺で、顔が合うと「帰りに寄りな」と、やさしく声をかけてくれた先生でした。

その言葉に甘えて、調教終了後は何度お邪魔したことでしょう。寒い日には和室のこたつで、暖かい日は奥のダイニングキッチンで愛弟子の東信二君、木藤隆行君、高橋明君の若い騎手といっしょに、奥さま手作りの朝食をいただきながら、先生の進軍ラッパ、いや“絶口調”の競馬談義に、弟子たちと神妙に耳を傾けたものでした。

相撲の世界の親方と関取ではありませんが、ひと昔前の競馬サークルも父子のような師匠と弟子の関係でした。騎手時代は師匠である調教師に厳しく育てられたという境先生。同じように弟子には厳しく接してきたとおっしゃられたが、やさしさも垣間見られた先生でした。

前述のGIホース3頭のほかにも、サクラホクトオー、サクラバクシンオー、サクラチトセオーなどで、数多くのビッグレースの栄誉を手にしてきた境先生が、「こんなうれしいことは初めて、喜ばしい」と、声を弾ませて涙を流したのが、’96年春のダービートライアルの青葉賞を、最後の愛弟子と目をかけてきた高橋明騎手が、愛馬マウンテンストーンで優勝したときでした。

「まじめでいい子なんだが、おとなしすぎて・・・・・・。私の引退後の心残りは、明(高橋騎手)の将来だナ」、しばらくして先生が私にしみじみと語ったこの言葉。高橋明騎手のマウンテンストーンでのダービー出場も、オーナーへの先生の懇願があってのもので、弟子への思いやり、計り知れない愛情が、周囲の心を強く捕らえたエピソードの一つではないでしょうか。

サクラローレルと境勝太郎師 1996年(平成8年)有馬記念

長い調教師生活の最後のGI有馬記念を、手かげた愛馬サクラローレルで勝って感激の表彰台に立って、輝かしい戦績を残して翌’97年2月に、惜しまれつつターフを去って行った境先生。しかし先生の私へのやさしさ、思いやりはここで終わることなく、その恩恵を少なからず授かってきた記者の1人でした。

引退したあとも、「原くんといっしょなら」とおっしゃっていただき、美浦トレセンでの公開調教や、中山競馬場内のミニFM放送から、遠くは阪神競馬場でのイベント、仙台市内でのトークショー、そしてプラザエクウスでのGIレース検討会など、元気でおられた2,3年前まで、先生のとなりに座って楽しく仕事をさせていただきました。

ユーモアのあるお話でファンを笑わせたかと思えば、辛口トークで私をはらはらさせて“先生、チャック、チャック”と口元に手をやって、私が先生の話を途中でさえぎったり。茶目っ気たっぷりの先生は引退後も多くのファンの人気者でした。

振り返ってみると、函館競馬場で初めてお会いしてから、かれこれ30数年、先生からいろいろ教えられることの多かった楽しい記者生活でしたが、記憶に残る一番の出来事といえば、調教助手をなさっているお孫さんの賢一君、睦美さんの、結婚披露宴の司会をしてしまったことでしょうか。「頼むぞ」といわれて“本職のアナウンサーを紹介します”と答えたら「ダメ、決まっている」と押し切られ、やむなく引き受け、マイクの前に立ったのが忘れられません。

立派に跡を継いでいる長男の征勝調教師、そしてお孫さんたちの活躍ぶり、将来を、天国から暖かく見守っておられることでしょう。

私も先生との数多くの思い出がいま、走馬灯のようによみがえってきます。長いことお世話になり心から感謝しております。ありがとうございました。

 

境勝太郎調教師の主な管理馬

馬名
生年月
父・母 競走成績 主な勝ち鞍
スリージャイアンツ
1975年4月生
父 セダン
26戦5勝
79天皇賞(秋)
母 チエクイン
サクラユタカオー
1982年4月生
父 テスコボーイ
12戦6勝
86天皇賞(秋)
母 アンジエリカ
サクラチヨノオー
1985年2月生
父 マルゼンスキー
10戦5勝
87朝日杯3歳S、88東京優駿
母 サクラセダン
サクラホクトオー
1986年4月生
父 トウショウボーイ
14戦5勝
88朝日杯3歳S
母 サクラセダン
サクラバクシンオー
1989年4月生
父 サクラユタカオー
21戦11勝
93スプリンターズS、94スプリンターズS
母 サクラハゴロモ
サクラチトセオー
1990年5月生
父 トニービン
21戦9勝
95天皇賞(秋)
母 サクラクレアー
サクラローレル
1991年5月生
父 Rainbow Quest
21戦9勝
96天皇賞(春)、96有馬記念
母 ローラローラ
サクラキャンドル
1992年4月生
父 サクラユタカオー
18戦5勝
95エリザベス女王杯
母 サクラクレアー

ライタープロフィール

原 良馬 (はら りょうま)

1933年10月生まれ、群馬県出身。デイリースポーツ東京本社、中央競馬の予想記者担当を経て、独立。競馬ジャーナリスト活動を本格化した。ラジオNIKKEI『中央競馬実況中継・土曜日午前中』、テレビ東京『ウイニング競馬』のレギュラー解説、また雑誌の競馬コラムや美浦トレーニング・センターで行われるGIレース公開調教会の司会進行なども担当している。

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