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第37回 心に残る名馬たちNo.9 アカネテンリュウ

2009/2/2(月)

“野武士”のニックネームで、多くのファンから親しまれ愛されてきた昭和44年の菊花賞馬アカネテンリュウ。水、木曜朝の調教後には、必ず馬房を訪ねて身近で接してきた私にとっても、決して忘れることのできない名馬の1頭である。

アカネテンリュウ 1969年(昭和44年)桜花賞

というのも、私が初めて書いた競馬の記事は、週刊誌に掲載された昭和44年暮れの有馬記念特集だった。菊花賞を勝って挑戦してきたアカネテンリュウ。秋の天皇賞を上位したメジロタイヨウ、ライトワールド、フイニイ、マーチスの古馬の一線級相手にもひるむことなく、ヨーロッパ遠征帰りの古豪スピードシンボリ優勝に、鼻差迫る2着の大健闘だった。

出走馬の成績や過去の傾向、データをもとに、駆け出し記者が初めて綴った4頁もの拙い競馬記事であり、わが家のテレビで食い入るように見つめたレースぶりや、上位馬の力走は、いつまでも記憶に残るものである。

人気薄のスピードシンボリを優勝に導いたベテラン野平祐二騎手の見事な手綱さばき、そこに襲いかかったアカネテンリュウのゴール前の迫力、決め脚は感動ものだった。

そして半年後の翌夏、デイリースポーツ新聞社の東京競馬場担当となって、足しげく通い始めたのが、アカネテンリュウの馬房である。

有馬記念2着後の4歳春は、AJC杯2着から天皇賞5着まで、4戦して勝ち星に恵まれなかったが、その後はオープン戦を2連勝、6月の日経賞を勝って3連勝を飾り、暑い夏は秋への飛躍を誓って、東京競馬場内の自厩舎で鋭気を養ってきたアカネテンリュウだった。

正直いってそれまでは、アカネテンリュウがどんな馬なのか、知るよしもなかった。

暑い夏も遠のいて秋競馬も開幕、秋のGIシリーズも間近に迫って、前述のように雨の日も風の日も、水、木曜朝は“お早うございます”と、欠かさずのアカネテンリュウ詣でである。

最初は私を無視して馬房の中の寝ワラを上げたり、洗い場でアカネテンリュウのよごれた体を拭いていた厩務員の水留さんだったが、2週目、3週目となると「テンリュウも、あんたの顔を覚えたんじゃあないの」と、手をゆるめて言葉を交わす時間も長くなってきた。主戦の丸目敏栄騎手と親しく会話をはずませるようになったのも、このころからである。

アカネテンリュウは3歳の5月に中山の鴨田厩舎から、府中の橋本輝厩舎に移籍してきた。初勝利はデビューから7戦目、3月22日の東京1400mダート戦で、2勝目は5月10日の同じ東京の1600m芝戦だった。同期のエリートが華やかな脚光を浴びるダービーのころは、まだ2勝したばかりの条件馬だったが、めきめき頭角を現してきたのは移籍後に遠征した夏の函館戦である。

デビュー当時に騎乗していた野平祐二騎手は、「デビュー前はいい動きをしていたんだが、レースではテンに行けなくて、短い距離では成績が上がらなかった」、後日私にこう語ってくれたが、充実の3歳夏を迎えて精神面の成長もあったのだろう、移籍して丸目騎手で臨んだ函館戦で2勝して東京戦から3連勝、堂々のオープン入りを果たしている。

アカネテンリュウ 1969年(昭和44年)有馬記念

夏を境に力をつける馬はいまでも多い。アカネテンリュウもそんな馬の1頭だった。帰京しての重賞セントライト記念で、ダービー2着馬ミノルを2馬身1/2突き放して優勝、菊花賞の有力候補としてスターダムに躍り出てきた。古くはグレートヨルカが、アカネテンリュウの前年にはアサカオーが、その後もプレストウコウ、シンボリルドルフがセントライト記念から菊の大輪をも手にし、“セントライトを制するもの菊をも制す”と言われてきたものである。前哨戦の京都盃はキングスピードに9馬身離される2着だったが、菊花賞では堂々の1番人気にこたえて2着リキエイカンを4馬身振り切って、晴れの表彰台に立ってきた。そして古馬への初挑戦となった有馬記念、3番人気に支持されて鼻差の2着である。

“転厩してきたときは、きかない馬だった。引き運動中も突然ワッーと立ち上がって・・・、何度振り落とされたか。でもいまは大人になってかわいい奴だネ。うちのカミさんより、いっしょにいる時間のほうが長いんだから・・・”レースでは形相を変えて襲いかかるアカネテンリュウも、水留さんの前では野武士のイメージはどこへやら、借りてきたネコのようにおとなしい一面を見せている。

馬房の前には小さなラジオが置いてある。そこから流れる軽快な音楽や話し言葉に耳を傾けるアカネテンリュウ。“夜は周りに迷惑がかからないよう、ボリュームを下げて帰るんだが、スイッチを切ると怒るんだ”と水留さん。また水留さんがそばにいるときは、馬房の中の寝ワラの上には、けっして放尿はしない。もよおしたくなると、狭い馬房で大きな体をひと回りさせて、前脚を突っ張るように広げて、水留さんを呼ぶのである。“待ってろよ”と近くに置いてある大きなバケツを手に馬房の中へ入る水留さん。差し出したバケツに気持ちよさそうに、そして終わると目を細めて、大きなアクビである。

6歳春の天皇賞(3着)まで元気に走って36戦13勝。しかし有馬記念はスピードシンボリに2度の2着惜敗、3度目の挑戦は感冒のため当日の朝に出走取り消し。天皇賞へも4たび挑んで3着2回が最高成績。主戦丸目騎手が落馬事故で騎手生命を断たれたり、2年ほどの短いアカネテンリュウとのふれあいの中で、強く心に残るのは悲しい物語、出来事ではないだろうか。

 

 

第30回菊花賞

 
   
昭和44年11月16日 京都競馬場
3000m 曇・重 出走馬21頭
1着 2枠3番 アカネテンリュウ 牡3 57kg 丸目 敏栄
3:15.3
2着 7枠16番 リキエイカン 牡3 57kg 高橋 成忠
3着 5枠11番 ダテハクタカ 牡3 57kg 宇田 明彦
1/2
4着 8枠19番 スマノオー 牡3 57kg 栗田 勝
1 1/2
5着 6枠15番 スマノアラシ 牡3 57kg 田島 日出雄
 
       
   
払戻金
 
   
 単勝
3番
430円
 複勝
3番
210円
 
16番
340円
 
11番
160円
 枠連
2340円
 
       
 

アカネテンリュウ

 
   
 昭和41年4月30日生まれ 黒鹿毛
父 : チャイナロック
母 : ミチアサ
 
       
   
【主な勝鞍】
 
   
昭和44年 セントライト記念
菊花賞
昭和45年 日本経済賞
昭和46年 アメリカJCC
目黒記念(秋)
昭和47年 東京新聞杯
通算36戦13勝
 

ライタープロフィール

原 良馬 (はら りょうま)

1933年10月生まれ、群馬県出身。デイリースポーツ東京本社、中央競馬の予想記者担当を経て、独立。競馬ジャーナリスト活動を本格化した。ラジオNIKKEI『中央競馬実況中継・土曜日午前中』、テレビ東京『ウイニング競馬』のレギュラー解説、また雑誌の競馬コラムや美浦トレーニング・センターで行われるGIレース公開調教会の司会進行なども担当している。

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