JRA公式データ配信サービス JRA-VAN

馬券購入に役立つオッズ情報や競馬情報をはじめ、競馬データによる競馬予想の楽しさをご紹介。

  • メール:office@jra-van.jp
  • 受付時間:10:00〜17:00
  • ※競馬開催のない土日祝・火曜を除く
  • ホーム
  • サイトマップ
  • JRA-VAN広場

競馬かわらVAN(リレーコラム)

競馬かわらVANバックナンバー

第30回 ジョッキーマスターズを支えた名人

2008/12/15(月)

2008年(平成20年)ジョッキーマスターズ

最終レースも終了したパドックは夕闇に包まれ始めたが、詰め掛けたファンは微動だにせず熱い目差を送っていた。その視線の先には思い出の勝負服を纏った8人の主役達が半ば恥ずかしそうな笑顔を見せている。そうした雰囲気の中で出走する8頭の馬を食い入るような目つきで見つめていたのが富高靖二さん。富高さんは現役時代、数々の重賞勝馬を手がけ、引退した後も請われていくつかの厩舎でその技術を発揮する名人と言われた厩務員である。今回のジョッキーマスターズを実施するにあたり、JRAから出走予定馬の管理を依頼されたのは45日前。富高さんと共にやはり厩務員を退職した3人の方と共に、大役を担当することになったのだが、年令からもキャリアからも、自然にリーダー的な役割を担うようになった。

まずは馬集めから始まった。美浦トレーニング・センターから全厩舎に依頼状が発送され、趣意に賛同したオーナーや調教師から引退が決まった馬が寄贈されてきた。そしてその中から12頭が選抜されるのだが、当日、レースに出走した馬の成績を見てもわかるとおり、ほとんど活躍できないまま乗馬苑にやってきた馬達である。こうした馬は負けつづけることによって、いつか自身の能力に自信が持てず、いじけてしまい、能力を発揮することもできなくなり、つまらないことで人にかかってくるようになると富高さんは言う。そこで乗馬苑の職員、そして実際に騎乗して調教を担当する乗り手とも相談して、馬に対しては一切大声を出さない、叩かないという約束事が生まれた。その結果は徐々に現われ、馬はやたらな事では耳を絞らなくなってきた。

飼葉に対しても富高さんは細心の注意をはらった。普段は二回の飼葉を三回に増やし、牧草、燕麦を中心に与え、腸の活性を促すホースヘイジも併せて食べさせるようにして、ニンジン等はおやつ的な存在で与えた。一日の仕事が終わる際など、「今日もよく頑張ったな、ご苦労さん」という言葉にそえて・・・。

さて、実際に12頭の調教を担当したのは、俗にチーム岡部と言われた人々である。岡部幸雄さんを中心に、柴田大知、未崎、池田鉄平、伊藤直人の現役騎手に加え、木藤、伊藤調教助手等が参加した。皆それぞれ本来の業務が終了してからの参加である。岡部さんを中心に府中の1600mの競馬に耐えられる体づくりが根気よく続けられた。

シンコウウインディ1997年(平成9年)フェブラリーステークス

富高さんにとって岡部幸雄さんは、ある種雲の上の存在のようなものであった。現役時代に担当したシンコウウインディでGIレースを勝ってくれた人でもあるが、岡部さんの足を支えて鞍に乗せることが嬉しかったそうだ。これは富高さんの幼少時代の体験が大きく作用しているのかも知れない。生まれ故郷の岩見沢で、小学校4年生の頃に見た北海道営のトップジョッキー、上田さんへの憧れが原点にあるように感じられる。パドックから岡部騎手を背に乗せた馬を馬場まで曳いて歩く地下道では、ほとんど口をきいてくれるわけでもなく、非常に長い道程に感じたという。今回の仕事をひき受けるにあたっては、岡部騎手がやるのであれば、あるいは岡部さんの為にという気持ちが強かったのではないかと私には感じられた。作業の開始時間は8時半からではあったが、富高さんは6時には厩舎に到着し、一日の段取りを整え、作業が終了した4時過ぎから、岡部さんとの話し合いが日課のようになった。岡部さんは馬にあれこれ装具をつけることを好まなかった。ひき返しをはずし、球節あてもはずした。装具に頼らず、馬本来の感覚を重んじた為だろう。12頭の馬を4人で世話をするのだから、まさに一息入れる間もなかったであろうことは容易に想像できる。更に運動量を確保する為にイギリス等でも使用されているマシーンを使用した。中心から放射状にのびた丸太の先に馬を繋ぎ、回転させて歩かせる装置である。富高さんの頭の中には、12頭の特徴がインプットされており、どの馬の後にどの馬を入れるかという組合せにも配慮がなされた。後にもたれるなまけものがいたり、牡馬同士なら問題がなくても、牝馬が混じると無用のいざこざの原因となるという。

さて、激しいトレーニングを終えた後の馬にどうやって息をいれさせるか、どのようにケアをしていくか、この点が富高さんが一番気を遣ったところである。熱をもった脚元に布を巻き、水で冷やすのだが、そのまま放置しておくと布が逆に温まって完全に冷却効果が無くなってしまう。それで下手にこすると皮膚の荒れにつながるので、はずして乾かしてやることが大事になる。アルコール湿布も2時間ではずしてやらねばならないそうだ。全て経験から得た財産なのであろう。

富高さんはトレーニング中の12頭の馬をけなされるのが一番いやだったという。能力を出しきれないかも知れないが、一生懸命走っている馬達への思いが伺える。限られた期間内にできる限りの手をうち、無事に競馬場に10頭の馬を送り込んでからも安心はできなかった。馬場へ出るまで、そして無事にゴールへ入ってくるか・・・。8頭が並んでゴールするのが理想だが、せめて3頭ぐらいは競り合って欲しいという富高さんの願いにこたえて、最後まで馬達は頑張り通した。

レースが終了した後も富高さんの緊張は解けなかった。疲れのひどい馬は、怪我をした馬はいなかったか?GIのレース以上に気を遣ったと富高さんは笑った。レース後の検量室で南井、河内両調教師が、「去年の馬とはまったく違います。よくここまで仕上げてくれましたね。」と岡部さんに語ったそうだ。この言葉はそのまま富高さんに対する賛辞だったのは言うまでもない。

最後に富高さんは、松永幹夫さんの馬がゲートをうまく出なかった事と共に、他の馬の仕上げもまだまだやってみたかった、と反省点を挙げた。「仕事とはそういうもの。私は口であれこれ言うより、手足で動くのが主義ですから。でもこういう馬でも作り方やり方によって、もっと何とかなると思いますね。」と語っている。

東京競馬場はもとより、京都競馬場でも一万人の観衆がターフビジョンに釘付けになったというジョッキーマスターズ。陽気のよいダービーデイの恒例行事となることを望みたい。

 

 

富高靖二(とみたか せいじ)

 
   
昭和14年生まれ、北海道岩見沢出身。
小学生の頃から道営競馬を見つづけ、同時に“優駿”を定期購読し、中央競馬のスターホースにもあこがれを持っていた。 岩見沢東高校卒業後、しばらく、ばんばの育成と売買を経験し、昭和36年から中央競馬の厩務員として活躍。野平省三、久保田金造厩舎を経て、平成16年田中清隆厩舎で定年を迎える。
 
       
 
担当した主な活躍馬
 
   
キョウエイレア
(’84高松宮杯)
サンケイダイヤ
(’88東京障害特別)
シンコウウインディ
(’96ユニコーンS 、’97平安S 、 ’97フェブラリーS)
マイネルアムンゼン
(’03 ‘04エプソムC、’04新潟大賞典)
 
       

ライタープロフィール

白川 次郎 (しらかわ じろう)

1945年11月生まれ、高知県出身。元日本短波放送・ラジオたんぱ・ラジオNIKKEIアナウンサーで現在はフリーアナウンサー。ラジオNIKKEIにて『中央競馬実況中継』など、競馬番組を中心に担当している。また、関東地方の独立UHF放送局放送『中央競馬ハイライト』の土曜日キャスターとしても出演している。

競馬かわらVANバックナンバー

競馬かわらVANはケータイサイトならびにNEXTでもご覧いただけます。

ケータイサイトやNEXT Ver.5では、記事の中の競走馬、騎手、レース成績などのキーワードがリンクされており、簡単に詳細情報を見ることができます。

競馬の総合情報ツールの決定版
JRA-VAN NEXT(ネクスト)

  • 予想機能・リアルタイムのオッズ・馬券購入など役立ち機能がたくさん
  • JRA公式データをリアルタイムで提供!

NEXT(ネクスト)詳細

今すぐお試し!1ヶ月無料(お試し版ダウンロード)

JRA-VAN
ケータイサービス

  • JRA公式データの充実度はそのまま!なのに、携帯画面でも見やすい!
  • 基本情報からお役立ち機能、お楽しみ要素までしっかりご用意しています

ページトップへ戻る

競馬予想のJRA-VAN