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第29回 心に残る名馬たちNo.8 タカエノカオリ

2008/12/8(月)

私の“心に残る名馬たち”というと、駆け出し記者時代にこまめに厩舎に出向いて、身近で接して心魅かれてきたダービー馬カブラヤオーや、番記者として取材記事を書いてきたハイセイコーなど、スターホースが大半だった。

しかし、中には一度も馬房を訪ねたこともなく、記者席からのレース観戦も一度だけ。ターフを去ってからその悲しい生い立ち、境遇を聞いて心強く打たれ、その後は何度となく牧場にまで足を運んで、ふれあい、目頭を熱くしてきた、そんな“心に残る名馬”もいた。

その名はタカエノカオリ。武豊騎手のお父さん、武邦彦騎手とのコンビで、雨に煙る阪神競馬場の満開の桜の下を、まっ先にゴールを駆け抜けて行った昭和49年の桜花賞馬である。

タカエノカオリ 1974年(昭和49年)桜花賞

このころの私は、夏になると北海道シリーズ担当として長期間、札幌に滞在していた。朝の調教を終えたある日、「懇意にしている牧場なんだけど、いっしょに行ってみないかい。この春の桜花賞を勝った牧場なんだけど・・・」親しくしていた松山吉三郎厩舎の鈴木幸雄厩務員が声をかけてきた。

“えっ?タカエノカオリの牧場ですか?連れて行ってください”「彼女に会える」、うれしくて私は言葉を弾ませていた。

タカエノカオリは桜花賞後に脚元に不安を発症して、オークスを前に競走生活にピリオドを打って、生まれ故郷に帰っていた。馬産地は日高、新冠町にある隆栄牧場である。

出迎えてくれたオーナーの飛渡三代治さんに案内された放牧場で、3ヵ月前の雨中の激走がうそのように、穏やかな顔つきで無心に青草をほおばるタカエノカオリ。

近寄ってきたカオリの頬をやさしく抱きかかえると、じんと熱いものがこみ上げてきた。再び出会えた喜び。しかし飛渡さんからその生い立ちを聞かされたとき、喜びもいつしか切なさに変わっていた。

母タカエミドリはタカエノカオリを生んで3ヵ月後に、腸ねん転のためこの世を去っている。かたときも母親から離れず、乳房にむしゃぶりついて戯れ遊んでいた毎日。しかし、その母親が突然、目の前から姿を消してしまったのである。空腹に耐えられず毎夜泣き明かしてきたタカエノカオリ。

自分の子どもにしか乳を飲ませない動物の習性。サラブレッドも同じである。なんとかならないものか、飛渡さんは「ダメだろうが試してみよう」と、祖母ミツコの乳を飲ませることを考えた。それはタカエノカオリのボロ(ふん)を祖母の体にこすりつけ、ミツコの子どものボロをカオリにこすりつけて、そばに近づけた。祖母の下腹にもぐり込んで乳房に飛びついていったカオリ。最初はけげんそうな顔つきで一、二度振り返った祖母ミツコだが、それ以上はなにもなく、祖母はわが子と孫娘の2頭に乳を与え、カオリは祖母の乳を飲んで元気に育ってきたという。

タカエノカオリ 1974年(昭和49年)桜花賞

しかしこんな悲しい生い立ちだけではなく、タカエノカオリは生まれたときから、右のうしろ脚がねじれていて、競走馬として走るのは難しいだろうと言われてきた。脚が曲がっていては買い手もつかない。3歳(現2歳)の春になっても入厩先も決まらず、ひとり寂しく牧場にとり残されてきた。

そんなある日、期待されて中山競馬場の佐々木猛厩舎に入っていた飛渡オーナーの愛馬タカエノハナが、一度ならず二度、三度と調教中に騎乗者を振り落とし、“これではレースに使えない”と牧場へ帰されてきた。その代わりにと競馬場へ送り込まれたのがタカエノカオリだった。

「いやあ、カオリをあそこまで育ててくれたのは山内さんのおかげです」飛渡さんはいまは亡きベテラン厩務員の山内さんの“手腕と情熱”をほめ讃えていたが、武邦彦騎手(現調教師)も、思い出を語ってもらったとき、「山内さんなくして、カオリの桜花賞優勝はなかった」と、このように当時を振り返っていた。

デビューは2歳9月末の新馬戦、初戦こそ快勝したが、つねに脚元の不安に悩まされ、以後の3戦は勝ち星に恵まれず、年末には寒さのため両前脚のひづめが割れて、満足に歩くことすらできなかったカオリである。そんなとき、寝食をともにして、親身の看護に日々苦労を重ねてきたのが山内さんだった。

その苦労、看護が実って翌春の中京戦でカムバックして2連勝、そのときスピード、根性抜群のカオリを目にした武邦彦さん。山内さんから“桜花賞へ行くから頼む”と言われたとき、迷わず“いいですよ”と返事したという。

タカエノカオリ 1974年(昭和49年)桜花賞

関東馬ながら東京、中山競馬場でのレース経験はなく、福島から新潟、そして、中京から阪神へとローカルを転々と走り続けて、桜の花が乱舞するひのき舞台で、華麗な舞いを見せて、突然ターフを去って行ったタカエノカオリ。こんな馬にはことのほか、熱い思いを寄せてしまうものである。何度、牧場へ出かけて会う瀬を楽しんできたことか。むろんいまは、生まれ故郷の土の下に眠るタカエノカオリだが、桜花賞の季節になると、初めて取材に訪れた阪神競馬場でのタカエノカオリの走りが、いまなお鮮明に思い出されてくる。

競走生活はわずかの半年余り。戦績は7戦して4勝ながら、3歳時は3連勝で桜の女王に選ばれたタカエノカオリ。その生い立ち、境遇を知る私には、薄幸な少女カオリ、流転の少女カオリとして、いつまでも心に残ることだろう。

 

 

第34回桜花賞

 
   
昭和49年4月7日 阪神競馬場
1600m 雨・良 出走馬25頭
1着 1枠2番 タカエノカオリ 牝4 55kg 武 邦彦
1:37.0
436kg
2着 4枠10番 サクライワイ 牝4 55kg 小島 太
3/4
434kg
3着 4枠12番 ユウダンサーズ 牝4 55kg 福永洋一
2 1/2
452kg
4着 2枠4番 エドワールド 牝4 55kg 星野信幸
502kg
5着 6枠16番 ニッソウセダン 牝4 55kg 松田幸春
1/2
414kg
 
       
   
払戻金
 
   
 単勝
2番
960円
 複勝
2番
290円
 
10番
160円
 
12番
400円
 枠連
1,160円
 
       
 

タカエノカオリ

 
   
 昭和46年4月26日生まれ 黒鹿毛
父 : ヴエンチア
母 : タカエミドリ
 
       
   
全競走戦績
 
   
昭和48年 9月22日 福島競馬場 新馬 芝1000m 1着 山田広士
10月14日 福島競馬場 東北三才S 芝1000m 5着 山田広士
10月28日 新潟競馬場 チューリップS 芝1200m 2着 山田広士
11月17日 新潟競馬場 新潟三才S 芝1600m 7着 山田広士
昭和49年 2月24日 中京競馬場 200万下 ダート1600m 1着 坂本恒三
3月9日 中京競馬場 カトレア賞 芝1800m 1着 坂本恒三
4月7日 阪神競馬場 桜花賞 芝1600m 1着 武邦彦
通算7戦4勝
 

ライタープロフィール

原 良馬 (はら りょうま)

1933年10月生まれ、群馬県出身。デイリースポーツ東京本社、中央競馬の予想記者担当を経て、独立。競馬ジャーナリスト活動を本格化した。ラジオNIKKEI『中央競馬実況中継・土曜日午前中』、テレビ東京『ウイニング競馬』のレギュラー解説、また雑誌の競馬コラムや美浦トレーニング・センターで行われるGIレース公開調教会の司会進行なども担当している。

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