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第13回 心に残る名馬たちNo.4 ハイセイコー

2008/8/18(月)

私の“心に残る名馬たち”の中に、むろんあのハイセイコーもいます。地方競馬は南関東の大井競馬場で、6戦して負け知らずの6勝。それも初戦から2着馬をつねに7馬身以上も突き放す楽勝また楽勝でした。

地方にはもはや敵なしの快進撃で、2歳の暮れには早くも、中央競馬のダービー獲りがうわさされて、その移籍先は関東なのか、関西なのか、関東なら所属厩舎は、東京か、それとも中山かと、年の瀬から正月にかけて、マスコミの動きは一段と活発に、ハイセイコー人気をあおってきました。

最近ではディープインパクトが、その前にはオグリキャップが、全国ファンの熱い視線に応える活躍で、高い人気を得てきましたが、当時のハイセイコーはその比ではありません。空前絶後ともいえる人気で、“怪物”の名をほしいままに、鳴りもの入りでの中央への移籍でした。

その二転、三転してきたうわさが本決まりとなって、ハイセイコーが東京競馬場の鈴木勝太郎厩舎にやってきたのは昭和48年、忘れもしないハイセイコー年明けての3歳の1月16日、午前11時前でした。

馬運車から降り立つハイセイコーを取材しようと、東京競馬場へ押しかけた報道陣の数は、いまはやりのテレビ、女性誌のレポーターまで加わってざっと100人。これまで競馬サークル内では見られなかった派手な取材合戦が、繰り広げられてきました。

競馬の世界に“番記者”が登場してきたのも、このハイセイコーが初めてです。東京競馬場の厩舎取材担当の私の、ハイセイコー番記者としての毎日が、この日から始まりました。

通常の水、木曜朝の調教時はもちろんのこと、開催日や厩舎が休みの月曜日にも朝に夕に頻繁に馬房を訪ねて、ハイセイコーに身近に接してきた番記者の一人でした。

4歳暮れの有馬記念を最後に、競走生活にピリオドを打ってターフを去って行ったハイセイコー。わずか2年足らずの短い付き合いでしたが、いまなお心に強く焼きついて離れない、そんな悲喜こもごもの出来事、ハイセイコーとの思い出は決して少なくありません。

ハイセイコー 1973年(昭和48年)弥生賞

人、人、人の波で大きく揺れるゴール前の1階スタンド前、その混雑ぶりを記者席から目にしてびっくり仰天。“無事にレースを終えてほしい”と、はらはらどきどき、祈るような気持ちでレースを迎えたのが、ハイセイコーの中央入り初戦となった弥生賞でした。

この日の中山競馬場には、ハイセイコーの勝利を信じた12万人を超すファンがスタンドを埋め、場内はごった返していました。大歓声が悲鳴に変わったのは、弥生賞レースの発走直前。すでに身動きできないほどの超満員の1階スタンド前に、ハイセイコーの走りをひと目見ようと、うしろからのファンが前へ前へと動き始めたその瞬間でした。

最前列の金網の柵が不気味な音とともに崩れて、あっという間にファンが馬場内へ。押し倒されまいと逃れるように、また1人、2人。一時は騒然となりましたが、幸い大きな惨事には至らず、弥生賞は無事に行われて、ハイセイコーはファンの大声援に応えて、好位から楽に抜け出して優勝、その数分後には潮が引いたようにファンは散っていきましたが、こんな光景を目にしたのはあとにも先にも、ハイセイコーの弥生賞が初めて。110円の単勝配当とともに、ハイセイコーの人気の高さを改めて知らされた中央入り初戦でした。ハイセイコーを思い起こすとき、超満員のスタンドを津波のように襲った恐ろしいほどの人の波が、いまでも頭に浮かんできて、背筋が寒くなるのは、いまも昔も変わりません。

ハイセイコー 1973年(昭和48年)皐月賞ハイセイコー 1973年(昭和48年)東京優駿

中央入り初戦を飾ったハイセイコーは、2着馬を大きく突き放してきた地方時の圧勝劇は見られませんでしたが、スプリングSから三冠レースの第一関門皐月賞、そして舞台を東京競馬場に移してのダービートライアルのNHK杯と、はらはらどきどきの危ないレース振りを見せながらも1番人気に応えて4連勝、デビューから通算して土つかずの10連勝で、晴れのダービーを迎えています。

すでに負けることは許されない全国ファンのアイドルホース、その管理、調教を任された鈴木勝太郎調教師、コンビを組んでレースへ臨んできた主戦増沢騎手、毎日身近で寝起きを共にしてきた大場厩務員。「うち来たときはすでに全国区のスーパースター。無事に回ってくればという、そんな気休めは許されない。レースが近づくと夜も眠れない日が続いて、針のムシロに座らされているようだ」、ふだんは記者をつかまえて冗談を言ったり、周囲を笑わせたり。大の巨人ファンで、べらんめえ調の人のよい好々爺といった鈴木勝太郎調教師でしたが、ダービー前には人が変わったように口数が少なくなって、番記者の私ですら、怖ろしくて近寄れない日もありました。人知れぬ苦労を味わう日々が続いたハイセイコー陣営ではなかったでしょうか。

伏兵タケホープに初めて土をつけられたダービー屈辱の3着に泣いたハイセイコー。雪辱を期した秋の菊花賞でも鼻差負けて、周囲の評価も急変していったハイセイコーでしたが、4歳春の天皇賞まで17戦連続の1番人気と、好走、凡走を繰り返したハイセイコーに、ファンの多くは見捨てることなく、暖かい声援を送り続けてきました。

カツラノハイセイコ 1979年(昭和54年)東京優駿

3歳時はライバルのタケホープに、4歳時は皐月賞、菊花賞の二冠を制した1歳下のキタノカチドキに、栄えある年度代表馬の称号は奪われてしまいましたが、そのハイセイコーのレースぶりにスタンドで、茶の間のテレビで一喜一憂したファンは多く、競馬の発展に寄与すること大と、初めて「大衆賞」を手にしたハイセイコーでした。増沢騎手が唄ったヒット曲「さらばハイセイコー」と、別れを惜しむ多くのファンに見送られてターフを去って種牡馬となり、昭和54年にはその子カツラノハイセイコが、父の無念を晴らすダービー制覇を果たしたのが、約30年前とは思えないほど、鮮明によみがえってきます。


 

ハイセイコーの血統

ハイセイコー
鹿毛 1970年生
チャイナロック
1953年生
Rockefella
1941年生
Hyperion
Rockfel
May Wong
1934年生
Rustom Pasha
Wezzan
ハイユウ
1961年生
カリム
1953年生
Nearco
Skylarking
ダルモーガン
1950年生
Beau Son
Reticent

 

ハイセイコーの成績

開催日
開催場
競走名
着順
騎手
コース
タイム
1972/7/12
大井
3歳未出走
1
辻野豊
ダ1000
59.4
1972/7/26
大井
3歳53万上
1
福永二三雄
ダ1000
1.00.5
1972/9/20
大井
秋草特別
1
福永二三雄
ダ1200
1.12.4
1972/10/9
大井
ゴールドジュニアー
1
福永二三雄
ダ1400
1.24.9
1972/11/11
大井
白菊特別
1
高橋三郎
ダ1400
1.25.8
1972/11/27
大井
青雲賞
1
高橋三郎
ダ1600
1.39.2
1973/3/4
中山
弥生賞
1
増沢末夫
芝1800
1.50.9
1973/3/25
中山
スプリングS
1
増沢末夫
芝1800
1.51.0
1973/4/15
中山
皐月賞
1
増沢末夫
芝2000
2.06.7
1973/5/6
東京
NHK杯
1
増沢末夫
芝2000
2.02.3
1973/5/27
東京
東京優駿
3
増沢末夫
芝2400
2.28.7
1973/10/21
京都
京都新聞杯
2
増沢末夫
芝2000
2.08.4
1973/11/11
京都
菊花賞
2
増沢末夫
芝3000
3.14.2
1973/12/16
中山
有馬記念
3
増沢末夫
芝2500
2.36.6
1974/1/20
東京
AJCC
9
増沢末夫
芝2400
2.29.6
1974/3/10
中山
中山記念
1
増沢末夫
芝1800
1.52.1
1974/5/5
京都
天皇賞(春)
6
増沢末夫
芝3200
3.23.6
1974/6/2
京都
宝塚記念
1
増沢末夫
芝2200
2.12.9
1974/6/23
中京
高松宮杯
1
増沢末夫
芝2000
2.00.4
1974/10/13
京都
京都大賞典
4
増沢末夫
芝2400
2.30.3
1974/11/9
東京
4歳上オープン
2
増沢末夫
芝1800
1.50.0
1974/12/15
中山
有馬記念
2
増沢末夫
芝2500
3.26.7

ライタープロフィール

原 良馬 (はら りょうま)

1933年10月生まれ、群馬県出身。デイリースポーツ東京本社、中央競馬の予想記者担当を経て、独立。競馬ジャーナリスト活動を本格化した。ラジオNIKKEI『中央競馬実況中継・土曜日午前中』、テレビ東京『ウイニング競馬』のレギュラー解説、また雑誌の競馬コラムや美浦トレーニング・センターで行われるGIレース公開調教会の司会進行なども担当している。

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