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競馬かわらVAN(リレーコラム)

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第9回 心に残る名馬たちNo.3 女傑テスコガビー

2008/7/21(月)

皐月賞、ダービーを豪快に逃げ勝ってきたカブラヤオーは、このコラムの初回で取り上げたように、身近で取材にあたってきた数少ない、心に残るダービー馬の1頭だが、同じ年に桜花賞、オークスの二冠を、これまた逃げて圧勝してきたテスコガビーは、長い記者生活の中でも、決して忘れることのできない名牝の1頭である。

牡馬のカブラヤオーと牝馬のテスコガビー。勝ち星を積み重ねていく中で、がぜん注目を集めてきたカブラヤオーは、プロ野球の選手に例えれば、2軍からスタートしてレギュラーの座を手にした努力型。一方のテスコガビーはデビュー前から将来を嘱望されてきた天才肌の大型新人といってよいだろうか。

母のキタノリュウは関西の夏村辰男厩舎で2、3歳時に25戦して1勝の記録が残る並の競走馬だったが、父親のテスコボーイは初年度から、皐月賞馬ランドプリンスを送り出し、その1年後にもキタノカチドキが、またまた皐月賞を勝って、その存在感を誇示していた期待の輸入種牡馬。

1975年 桜花賞 テスコガビー

テスコガビーはその父の優れた血を受け継いだのだろう。東京競馬場の仲住芳雄厩舎に入ってきた2歳の春から、その父親ゆずりの黒光りした馬体と力強い走りは、これから3歳のエリートたちが華やかな脚光を浴びるオークス、ダービーの前だというのに、早くも調教スタンドの目に止まり、“なに?メンマ(牝馬)だって?男馬じゃあないのか?”“どこの厩舎に入ったテスコボーイの子なんだ”などなど、こんな会話が毎朝の調教時に、調教師の間で交わされてきた。

これを小耳にはさんだ記者の私、早速テスコガビーの厩舎に出向いたが、担当厩務員の生島さん“いい馬ですネ、評判になってますよ”の私の言葉に、最初は「どこから聞いて来たんだ」と声を荒げたが、記者の取材は悪い気はしなかったのだろう。「こんな馬を持たされるのは初めてだよ。期待してもらっていいかな」と、最後は笑顔で答えてくれた。これが私のテスコガビーと生島さんとの出会いだった。

このころの私はデイリースポーツ社の記者であり、昭和46年から52年までの夏競馬は、北海道シリーズの読み物担当として6月初旬から9月の半ばまで、一度も帰京することなく函館、札幌に長期間滞在して、週末の競馬開催はもちろん、週明けは静内、浦河の牧場へ飛んで取材に明け暮れ、暑さ知らずの夏を過ごしていた。

そのころ、臨戦態勢も整ったテスコガビーは、8月初旬の新馬戦デビューを目指して新潟競馬場へ遠征していたが、ゲート練習中に腰をゲートにぶつけて、レースは使わずに帰京。1ヵ月ほど休んで、私が北海道から帰って間もない9月15日の東京戦で初戦を迎えている。

2着馬を7馬身も突き放す逃げ切りで初陣を飾ったテスコガビー。文句なしの桜花賞、オークス候補の評判どおりの圧勝劇で、以後も華やかなフットライトを浴びていくが、桜花賞まで7戦6勝、唯一の敗戦はその年のダービー馬カブラヤオーにクビ差及ばなかった東京4歳S(現共同通信杯)だけだった。テスコガビーが連勝して人気を高めていたころ、カブラヤオーは“使いものにならなかったらすぐにでも牧場へ帰す”という条件で、東京競馬場へ入厩してきたばかり。デビュー戦も11月10日とテスコガビーより2ヵ月も遅く、この時点では肩をならべて3歳クラシックロードを盛り上げていくとは、とても考えられなかったカブラヤオーだった。

1975年 オークス テスコガビー

実力、人気ともに大きく他を突き放してきたテスコガビー。そのふるさとはどんな牧場なのかと、初めて静内豊畑の福岡巌牧場を訪ねたのは、テスコガビー二冠制覇の夏だった。

「これからちょっとお邪魔したい」と静内駅前から電話を入れた私に、「すぐに迎えに行くから、そこで待っててください」の弾んだ女性の声。福岡さんの奥さんだろうか。そして10分も経たないうちに、小型の4輪トラックで迎えに来たのは父巌さんを助けて牧場で働く次男の清さんだった。

繁殖牝馬は10頭足らず、家族だけで競走馬を生産している小さな牧場である。「うちに来る人なんて、これまでほとんどいませんでした。マスコミの方が来てくれるなんて、これもテスコガビーのおかげでしょうか」

初めて訪ねた記者を、心温かく迎えてくれて、明るい笑顔で言葉を弾ませていた福岡さん一家。忙しい牧草刈りのシーズンなのに、テスコガビーの母キタノリュウと、生まれてきたばかりの当歳っ子(とねっこ)が、肩を寄せ合うように青草をほおばる放牧地にまで案内してくれて、目頭が熱くなる思いで牧場をあとにしたが、家族の固いきずなと馬への情熱を強く感じたそのほほえましい福岡牧場でのひとときは、テスコガビーの活躍ぶりとともに、いまなお強く心に焼きついて離れない。

あれから30年ほどの歳月が流れてきた。日高の牧場巡りも、ウインズ静内でファンとともにダービー観戦した翌日だけ。しかし昨年32年ぶりに福岡牧場を訪ねる機会に恵まれた。ダービー馬ウオッカのふるさとカントリー牧場を取材しての帰り道、静内豊畑ならたしかこの近くと思い出して突然訪ねた私に、清さんもひと昔前を憶えてくれていて懐かしさもひとしお。久しぶりの再会に感激、しばらくは言葉も交わせないほどだった。

父巌さんが平成5年に亡くなり、福岡巌牧場は福岡清牧場、繁殖牝馬は9頭と少ないが昨夏の小倉記念2着のニホンピロキースなどの活躍もあって、テスコガビー二冠制覇の 秋に結婚したみえ子夫人と力を合わせて、牧場経営に精魂傾けるける清さん58歳。人とのふれあい、馬とのふれあいの大切さを改めて感じた32年ぶりの再会だった。

オークス優勝後は二度、三度の脚部不安に泣いてしばしば戦列を離れてきたテスコガビー、“美人薄命”といわれるが、雪深い青森の牧場で運動中に心臓マヒを起こして急死したのは、昭和52年1月19日。全国ファンの涙を誘った衝撃的な悲報は、決して忘れることはできない私である。

 

テスコガビーの血統

テスコガビー
青毛 1972年生
テスコボーイ
1963年生
Princely Gift
1951年生
Nasrullah
Blue Gem
Suncourt
1952年
Hyperion
Inquisition
キタノリュウ
1965年生
モンタヴァル
1953年生
Norseman
Ballynash
オックスフォード
1955年生
ライジングフレーム
ヨシヒロ

 

テスコガビーの成績

開催日
開催場
競走名
着順
騎手
コース
タイム
1974/9/15
東京
新馬
1
菅原泰夫
芝1200
1.10.9
1974/9/29
東京
3歳S
1
菅原泰夫
芝1400
1.24.4
1974/10/20
中山
京成杯3歳S
1
菅原泰夫
芝1200
1.10.2
1975/1/12
東京
京成杯
1
菅原泰夫
芝1600
1.37.5
1975/2/9
東京
東京4歳S
2
菅原泰夫
芝1800
1.52.1
1975/3/16
阪神
阪神4歳牝馬特別
1
菅原泰夫
芝1200
1.10.4
1975/4/6
阪神
桜花賞
1
菅原泰夫
芝1600
1.34.9
1975/4/27
東京
4歳牝馬特別
3
菅原泰夫
芝1800
1.51.4
1975/5/18
東京
優駿牝馬
1
菅原泰夫
芝2400
2.30.6
1976/5/2
東京
オープン
6
菅原泰夫
ダ1200
1.13.0

ライタープロフィール

原 良馬 (はら りょうま)

1933年10月生まれ、群馬県出身。デイリースポーツ東京本社、中央競馬の予想記者担当を経て、独立。競馬ジャーナリスト活動を本格化した。ラジオNIKKEI『中央競馬実況中継・土曜日午前中』、テレビ東京『ウイニング競馬』のレギュラー解説、また雑誌の競馬コラムや美浦トレーニング・センターで行われるGIレース公開調教会の司会進行なども担当している。

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