競馬かわらVAN(リレーコラム)
第1回 心に残るダービー馬
2008/5/26(月)
今週からスタートするリレーコラム『コラム競馬かわらVAN』、そのトップバッターを簡単に引き受けてしまいましたが、いざ原稿の締め切り日が迫ってくると、これまでにない緊張感に襲われてきました。北は北海道から南は九州まで、「JRA−VAN」のホームページや、携帯向けサービスに目を向けている全国の、熱心なファンの期待にこたえることができるだろうか、快く読んでもらえるだろうか、そんな不安と責任の重さがあります。しかしひとたびゲート入りしたからには、積極的に飛び出して先頭を走り上位に粘れるよう頑張りたいと思っています。あとに続くクリーンアップの3人ともども『コラム競馬かわらVAN』の、末永い応援よろしくお願いします。
“64年ぶりの快挙”と日本列島を感動させた牝馬ウオッカの日本ダービー優勝。坂上から鋭く抜けてきた強い走りは記憶に新しいところで、そのときの興奮、感動もまだ覚めないファンも多いことでしょうが、早いもので今年もまたそのダービーの季節がやってきました。
栄光のゴールをまっ先に駈け抜けて行った数多くの名馬たち。そんな中でファンのみなさんの心に焼きついているダービー馬といえば、恐らくディープインパクトではないでしょうか。競馬記者生活の長い私も、こんな強い馬を目にしたのは初めて。これほどの馬には、もう二度と巡り会えることはないでしょう。
しかしこのディープインパクトが登場してくるまでは、ダービーの声を聞くと毎年、想い起こされるダービー馬が1頭いました。皐月賞に次いでダービーでも、好スタートからハイペースで逃げて、あれよあれよという間に後続馬を楽に振り切った昭和50年のダービー馬カブラヤオーです。“原さんの心に残る最強馬は?”のファンの問いにも、私は迷うことなく“カブラヤオー”と答えてきました。
3歳(現2歳)秋の東京競馬場でのデビュー戦こそ、楽に逃げた3番人気ダイヤモンドアイを捕まえきれず、1/2馬身差の2着と敗れてしまいましたが、2戦目の新馬戦で初勝利を挙げたあと、舞台を中山競馬場へ移しての暮れのひいらぎ賞、そして年明けてのダート戦ジュニアC、重賞初挑戦の東京4歳S(現共同通信杯)、弥生賞、さらには皐月賞からダービートライアルのNHK杯、競馬の祭典日本ダービーまで“もう捕まるだろう”“もうバテるだろう”のスタンドの不安もどこ吹く風、それこそあれよあれよという間に逃げ勝って8連勝を飾ってきたカブラヤオーだったのです。
この輝かしい戦績と速い、強い走りもさることながら、カブラヤオーが私の心に強くインプットされてきたのは、デビュー前から身近で接して、その生い立ちや境遇を知って共感、ことのほか愛着を感じてきた、ふれあい深い馬だったからです。
夏の北海道シリーズ取材から帰京して、東京競馬場の担当厩舎を回っていた9月初旬のある日。「珍しいネ、いまごろ」と1頭の馬の引き運動に汗を流していた厩務員さんが声をかけてきました。「でっかい馬ですね。故障して休んでいた古馬ですか?」私の問いかけに「冗談じゃあない、まだデビューしてない3歳馬(現2歳馬)だよ。こんな牛みたいな鈍感な馬と、これから先2年も、3年もつき合わされちゃかなわんよ」言葉を返してきた厩務員の鍋倉さん。のっしのっし巨体を揺すって、重い足どりで歩くその馬がカブラヤオーだったのです。
頭や顔も目立って大きく、お世辞にもスマートな体型とはいえません。しかも生まれは6月13日と遅く、血統も父フアラモンド、母カブラヤという三流の域を出ない見栄えのしない凡馬です。セリ市で300万円の安価でも見向きもされず、同期のエリート馬がすでにデビューして勝ち星を挙げているのに、暑い夏まで寂しく牧場で遊んでいたのです。
そんな折、東京競馬場で競走生活を送っていた姉のカブラヤヒメが、ケガをして放牧に出ることになり、“使いものにならなかったら、すぐにでも牧場へ帰す”という条件で東京競馬場の姉のいた馬房に送り込まれてきました。
そして出会いから1ヵ月、その牛みたいな凡馬が見違えるばかりに成長しました。「1頭だと走らないのに併せて追ったら、1勝馬に喰らいついて行った。根性を見直したよ。レースへ行ったら面白いかもしれない」言葉を弾ませてきた鍋倉厩務員。11月10日にデビュー戦を迎え、前述のような8連勝、無敵の快進撃でカブラヤオーは頂点に登りつめました。
スタンドをどきどき、はらはらさせながらの皐月賞、ダービー。突っかかってきたレイクスプリンターと激しくやり合い、前半の1000mを58秒9で飛ばして行った皐月賞。同じようにトップジローと猛烈に競り合い、58秒6のハイペースで1000mを走りぬけて行ったダービー。競りかけてきたレイクスプリンターはレース中に故障を発生し、トップジローは28頭中26着に力尽きた。この結果を見てもカブラヤオーの速さ、強さが浮き彫りされた二冠制覇といってよいでしょう。
菊花賞を目指して栗東トレセン入り後に不運にも屈腱炎を発症して、三冠の夢は断たれたカブラヤオーでしたが、2年足らずの競走生活での戦績は13戦11勝、二度の敗戦はデビュー戦の2着と、スタートの際ゲートに頭をぶつけて11着と敗れた5歳(現4歳)春のオープン戦だけ。
これがトウショウボーイやシンボリルドルフなどの超一流の良血馬ならともかく、セリで300万円でも買い手が現われなかった凡馬で、しかもデビュー前から身近で取材してきて、連勝街道ばく進中には、在籍していたデイリースポーツ紙上で“カブラヤオー日記”なるものを、毎日綴ってきた私にとっては、かけがえのない最強のダービー馬であり、ダービーの声を耳にすると、カブラヤオーのあの日あのときの感激が、ついきのうの出来事のようによみがえってくるから不思議です。これも競馬のよさではないでしょうか。
カブラヤオー/血統
| カブラヤオー 黒鹿毛 1972年生 |
ファラモンド 黒鹿毛 1957年生 |
Sicambre 黒鹿毛 1948年生 |
Prince Bio |
| Sif | |||
| Rain 鹿毛 1946年生 |
Fair Trial | ||
| Monsoon | |||
| カブラヤ 黒鹿毛 1965生 |
ダラノーア 黒鹿毛 1960年生 |
Sunny Boy | |
| Danira | |||
| ミスナンバイチバン 黒鹿毛 1959年生 |
ハロウェー | ||
| スタイルパッチ |
カブラヤオー/全成績(通算13戦11勝)
開催日 |
開催場 |
競走名 |
着順 |
騎手 |
コース |
タイム |
| 1974/11/10 | 東京 |
3歳新馬 | 2 |
菅野澄男 |
ダ1200 |
1.15.0 |
| 1974/11/23 | 東京 |
3歳新馬 | 1 |
菅野澄男 |
芝1200 |
1.12.6 |
| 1974/12/15 | 中山 |
ひいらぎ賞 | 1 |
菅野澄男 |
芝1600 |
1.37.3 |
| 1975/ 1/19 | 東京 |
ジュニアC | 1 |
菅原泰夫 |
ダ1600 |
1.37.1 |
| 1975/ 2/ 9 | 東京 |
東京4歳S | 1 |
菅野澄男 |
芝1800 |
1.52.0 |
| 1975/ 3/ 1 | 中山 |
弥生賞 | 1 |
菅原泰夫 |
芝1800 |
1.51.2 |
| 1975/ 4/13 | 中山 |
皐月賞 | 1 |
菅原泰夫 |
芝2000 |
2.02.5 |
| 1975/ 5/ 4 | 東京 |
NHK杯 | 1 |
菅原泰夫 |
芝2000 |
2.06.1 |
| 1975/ 5/25 | 東京 |
東京優駿 | 1 |
菅原泰夫 |
芝2400 |
2.28.0 |
| 1976/ 5/22 | 東京 |
4歳以上オープン | 1 |
菅野澄男 |
ダ1700 |
1.43.6 |
| 1976/ 6/20 | 中山 |
4歳以上オープン | 11 |
菅野澄男 |
芝1800 |
1.51.2 |
| 1976/ 7/25 | 札幌 |
短距離S | 1 |
赤羽秀男 |
ダ1200 |
1.11.8 |
| 1976/ 9/18 | 東京 |
4歳以上オープン | 1 |
菅原泰夫 |
芝1600 |
1.35.4 |
ライタープロフィール

原 良馬 (はら りょうま)
1933年10月生まれ、群馬県出身。デイリースポーツ東京本社、中央競馬の予想記者担当を経て、独立。競馬ジャーナリスト活動を本格化した。ラジオNIKKEI『中央競馬実況中継・土曜日午前中』、テレビ東京『ウイニング競馬』のレギュラー解説、また雑誌の競馬コラムや美浦トレーニング・センターで行われるGIレース公開調教会の司会進行なども担当している。
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