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私の競馬はちょっと新しい
第39回 漫才師 土屋伸之さん(ナイツ)

「一生遊べる競馬を、この先もずっと楽しみにしています」
土屋伸之さん写真
1978年生まれ、東京都出身。大学4年時に、落語研究会の先輩にあたる塙宣之さんとともにお笑いコンビ「ナイツ」を結成。03年の第2回漫才新人大賞受賞を皮切りに数多くの賞を受賞し、さまざまなメディアで活躍中。フジテレビ「なまうま」出演などのほか、自身の描いた馬の絵も披露している。

全身が震えたテンポイントとトウショウボーイの有馬記念

市丸:それでは、よろしくお願いします。まずは競馬との出会いからお話しをうかがいたいのですが、最初に競馬を見られたのはいつごろになりますか?

土屋:高校のときです。馬券は買えないですけれど、競馬場に遊びに行って、そこで初めて馬を見ました。

市丸:出身は東京とのことですが、行かれたのは東京競馬場ですか?

土屋:ええ。それで競馬場にある博物館に行って、昔のレースの映像を見たんです。

市丸:どのレースだったか覚えておられますか?

土屋:テンポイントとトウショウボーイの有馬記念です。「ああいう勝負を人間以外がやっているのか」とすごく感動し、全身が震えました。それで調べてみると、競馬がスポーツとしてたいへん奥が深いことを知り、それからはまっていきましたね。ダビスタなどの競馬ゲームもやりましたし、馬を育てる立場の人にも興味を持って、厩務員さんの募集などを意識して見ていたこともありました。

市丸:競馬場に行かれたのは、どんな馬が走っていたころでしたか?

土屋:ナリタブライアンが三冠を獲った次の年です(95年)。サンデーサイレンスの産駒が走りはじめたころで、ジェニュインが皐月賞を勝ったり……、ですから、ずっとサンデーサイレンスですね。

土屋さんインタビュー写真2

市丸:それから大学に入られて、馬券などは……。

土屋:最初は予想や馬券よりスポーツとしての競馬に興味を持ったというのもありますし、また、在学していたころは20歳になっても学生は馬券を買えませんでした。ですから、友達を何人か集めてペーパーオーナーゲームにはまっていましたね。6月くらいにドラフト会議をして、それから毎週のようにギャロップなどで自分の馬の結果や調教を調べたり。あと、当時渋谷にあったプラザエクウスに足を運んで、いろいろな本を読んだり、過去のレース映像を見たりしていました。

市丸:POGで指名した馬で、なにか覚えておられる馬は……。

土屋:G1を勝ったのはファレノプシスです。

市丸:おおっ、すごいですね。

土屋:ナリタブライアンのいとこで、当時牡牝7頭ずつというルールの中で牝馬の7位、一番最後に指名したのを覚えています。

市丸:桜花賞を勝ったときは……。

土屋:興奮しましたね。それで気持ちが高ぶって、馬の絵を描いたんです。本格的に馬の絵を描くようになったきっかけがファレノプシスでした。

市丸:それ以前には描かれていなかったのですか?

土屋:POGではありませんが、ビワハイジが阪神3歳牝馬Sを勝ったときに描きました。ただ、あまり時間をかけずに描いたもので、若手ライブでお客さんにあげちゃんですよ、最初に描いた絵は。

市丸:ビワハイジといえば、今やブエナビスタやジョワドヴィーヴルのお母さんで、先見の明があったというか……。

土屋:その世代の最初の新馬戦を勝ち、札幌3歳Sで世代最初の重賞を勝ち、そして阪神3歳牝馬Sで世代最初のG1も勝ったので、「こんな馬いないよな」と思って追いかけていました。その何年かあとのファレノプシスでしたね。

大学を出られてから、馬券も買うようになったのですか?

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