ドバイワールドカップ特集

 

世界の強豪が集結するドバイミーティング

ドバイミーティング沿革 |  Nad Al Sheba競馬場 |  トゥザヴィクトリーの肉迫 |  ステイゴールドの制圧

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旺盛な意欲で自国の発展と世界の競馬界をリードするモハメド殿下。(photo by Kazuhiro Kuramoto)

ドバイミーティング沿革

世界に誇る賞金額、上半期最大の競馬イベント

ドバイはアラブ首長国連邦(UAE=United Arab Emirates)を構成する7つの首長国の1つ。面積は埼玉県ほどしかなく、領土の大半は砂漠だが、莫大なオイルマネーを背景に中東のビジネス、観光の拠点として、中国をも凌ぐ経済成長率で発展を続けている。空前の開発ブームに沸き返り、世界の建築用クレーンの60%が集結しているという説も。その象徴的な存在が「ブルジュ・ドバイ」という超高層ビルで、公式ホームページによると、東京タワーの2倍に迫る600m(159階)を超えてなお建設が進められている。ドバイの建設ラッシュを支えるのは中東やアフリカ諸国からの出稼ぎ労働者で、人口の90%は彼らをはじめとする外国人。イスラム社会の中にあって女性の社会進出、西洋文化にも寛容な土地柄として知られる。

そんなドバイを統治し、強力なリーダーシップで発展を牽引しているのが首長のモハメド殿下。彼は200年近くにわたって、この地を治めるマクトゥーム一家に生まれ、先々代首長の三男に当たる。自身を皇太子に指名した、先代首長で長男のマクトゥーム殿下の死を受け、2006年、首長に即位した。イギリス留学中に本場の競馬文化に触れたモハメド殿下は、一家の中でもとりわけ熱心な競馬愛好者となり、競走馬のオーナーシップはもちろん、世界各地に生産牧場や調教場を所有。ホースマンとしてワールドワイドな影響力を及ぼしている。

モハメド殿下の競馬への情熱が、ひとつの形となって結実したのがドバイ・ワールド・カップ(以下、ドバイWC)。アメリカのブリーダーズC(以下、BC)に勝るとも劣らぬレースの開催を期して、1996年、モハメド殿下(当時は皇太子)の発案により誕生した。第1回開催時のGIレースはドバイWCの1鞍だけだったが、BCと競うように規模を拡大。ドバイWCは第1回の総賞金400万USドル(優勝賞金240万ドル)から、第4回の99年には500万ドル(300万ドル)、翌2000年には600万ドル(360万ドル)まで増額され、賞金額で世界最高の座を築き上げている。

賞金額が世界最高になった2000年には、ナド・アル・シバ・スプリントをドバイ・ゴールデン・シャヒーンへ、ドバイ・ターフ・クラシックをドバイ・シーマ・クラシックへ改称、ドバイ・デューティ・フリー(以下、ドバイDF)をダート2000mから芝1777mに変更し、さらにUAEダービーを新設するなど、サポートレースの名称や条件を一気に改訂。2002年にはドバイ・シーマ・クラシックがGIIからGIに格上げされ、現行のレースプログラムが完成した。今年も純血アラブ種限定のドバイ・カハイラ・クラシックを振り出しに、ゴドルフィン・マイル、UAEダービー、ドバイ・ゴールデン・シャヒーン、ドバイDF、ドバイ・シーマ・クラシック、そしてドバイWCの7レースから成るプログラムでイベントが開催され、日本からはUAEダービーにイイデケンシン、ドバイDFにウオッカとアドマイヤオーラ、ドバイWCにヴァーミリアンが出走を予定している。

これらのビッグレースを束ねたイベントは、今や上半期最大の競馬イベントとして世界の関係者、そしてファンの間に定着。その高額な賞金と贅を尽くした饗応は関係者を魅了してやまず、世界中から一流の馬とホースマンが会すことから、レース週間を称して“ドバイミーティング”という呼び方が広まっている。

ドバイミーティング当日の施行レース

No レース名 コース/距離 賞金
(US$)
2007年優勝馬
1 ドバイ・カハイラ・クラシック
(Dubai Kahayla Classic)
GI ダート2000m 総額 25万
1着 15万
マドジャニ
(Madjani)
2 ゴドルフィン・マイル
(Godolphin Mile)
GII ダート1600m 総額 100万
1着 60万
スプリングアットラスト
(Spring at Last)
3 UAEダービー
(UAE Derby)
GII ダート1800m 総額 200万
1着 120万
エイジアティックボーイ
(Asiatic Boy)
4 ドバイ・ゴールデン・シャヒーン
(Dubai Golden Shaheen)
GI ダート1200m 総額 200万
1着 120万
ケリーズランディング
(Kelly's Landing)
5 ドバイ・デューティ・フリー
(Dubai Duty Free)
GI 芝1777m 総額 500万
1着 300万
アドマイヤムーン
(Admire Moon)
6 ドバイ・シーマ・クラシック
(Dubai Sheema Classic)
GI 芝2400m 総額 500万
1着 300万
ヴェンジェンスオブレイン
(Vengence of Rain)
7 ドバイ・ワールド・カップ
(Dubai World Cup)
GI ダート2000m 総額 600万
1着 360万
インヴァソール
(Invasor)

※ドバイ・カハイラ・クラシックは純血アラブ種によるレース
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レース当日はドレスアップした女性たちでにぎわう。(photo by Kazuhiro Kuramoto)

日本馬は第1回からドバイWCに参加。チャンピオン級のダートホースが毎年のように挑戦したが、世界の壁は厚く、ダートの2000mでは全く歯が立たない状態が続く。しかし、2000年にサポートレースが整備され、それと同時に各レースへの出走機会も与えられるようになると、翌2001年にさっそく、ステイゴールドがドバイ・シーマ・クラシックを制覇。日本調教馬としてドバイ初勝利を飾った。それからは、2006年のハーツクライ(ドバイ・シーマ・クラシック)とユートピア(ゴドルフィン・マイル)、2007年のアドマイヤムーン(ドバイDF)が、凱旋帰国を果たすことになる。

一方、メーンレースのドバイWCでは、2001年にトゥザヴィクトリーが2着に善戦した以外は、後にも先も、見せ場らしい見せ場がないまま。今や世界レベルと評価される日本の競走馬だが、ダートのチャンピオン・ディスタンスである2000mでは、およそ通用とは言い難い状況が続いている。ちなみに、過去に牝馬の優勝例がないドバイWCにおいて、トゥザヴィクトリーの2着という戦績は、日本馬の中で最先着というだけでなく、このレースに出走した世界中の牝馬の中でも最高ということになる。

果たして、今年のヴァーミリアンは、トゥザヴィクトリーの記録を超えることができるか。更新なら、それすなわち優勝ということになるが。