2006.9.28

文/平松さとし

 今回の遠征で厩舎スタッフは二ヶ月にわたり現地に滞在している。そのスタッフをサポートしているのが、西森輝雄だ。

 昭和21年生まれの西森は、広島県の生まれ。近所に馬主がいたのが縁で、馬に乗るようになった。
 すぐにその魅力にとりつかれた彼は、園田競馬で厩務員となる。しかし、「当時は今と違って先輩がスパルタで後輩をしごく時代。毎日こき使われて、大好きな馬に集中できる環境ではなかった」(西森)。
 そんな環境に頭を痛めた西森は、単身アメリカへ渡った。ロサンゼルス近郊のサンタアニタ競馬場で、受け入れ先を探したが、「どこも冷たくあしらわれた」。

 しかし、それで負けない行動力が彼の生命線だった。
 アメリカにいる種牡馬が皆、ヨーロッパからの輸入馬であるのを不思議に思い、そのヨーロッパへ渡った。そこが、フランスだった。
 以来、フランスで20年近い月日を過ごした。そして、その当時、故・吉田善哉氏と知り合った。
 「善哉さんに誘われて帰国、社台グループで働かせていただくようになりました」

 そんな時、牧場に現れた調教師・池江泰郎に声をかけた。
 「僕はフランスにいたんです。先生の馬が向こうへ行く機会があったら、声をかけて下さい。どんなことでも手伝います」
 「かれこれ15〜16年前のことじゃないかな」と言葉を受けたのは池江だった。

 ディープインパクトの遠征が決まり、現地での通訳を誰にしようか?と考えた池江の頭に、西森の顔と十数年前の言葉が浮かんだのだ。
 早速、西森に連絡をとると、現在は社台グループを辞め、馬の輸送や検疫に携わる仕事をしていると言う。ただし、「夏場は仕事も暇で、草むしりなどのアルバイトをして生計を立てています」と続けた。
 「じゃ、ディープの遠征を手伝えないか?と聞かれました。何も考える事はありませんでした。ディープの力になれるのなら、って二つ返事でオーケーしました」

 現地ではムッシュの愛称で呼ばれている。
 「ムッシュのお陰で本当に助かっている」と、厩務員の市川は笑みをみせた。
 フランスに来てからすでに40日を超えた。市川がディープに触れなかった日は、もちろん、ない。
「そしてこうやって手で触れる事は、何にも代え難いコミュニケーションになります」
 市川はこう言うと、まるで目の前にディープがいるかと思える優しい目つきを宙に投げた。

 ここフランスに場所が替わっても、ディープに対する市川の思いは何も変わらない。彼は今朝も「おはよう!」とディープに声をかけた。

 

(文中敬称略)

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