勝ちに行く凱旋門賞

 

●世界を席捲しはじめた日本調教馬

 ハクチカラが初めて遠征した1958年からエルコンドルパサーが凱旋門賞に挑戦した99年までの41年間で、海外遠征した日本調教馬は57頭だった。しかし、その翌年・2000年から2005年までの6年間の海外遠征馬は67頭にも及ぶ。年間平均に直すと、99年まで1.4頭だったのに、2000年からの6年間は11.1頭。実に約8倍近くに膨れ上がっている計算だ。
 この理由には輸送技術の進歩や、海外の競馬に関する研究が進んだこと、そして日本の馬たちのレベルアップ、調教・育成技術の進化などが挙げられよう。しかし、それだけではない。エルコンドルパサーがヨーロッパの中長距離G1で、世界一を決める凱旋門賞でトップが見える位置まで走ったこと。それが海外遠征する陣営に勇気を与えたであろうことは、想像に難くない。

 エルコンドルパサーが凱旋門賞に出た前年の98年。シーキングザパールがモーリス・ド・ゲスト賞(フランス・ドーヴィル競馬場・芝1300m)を、タイキシャトルがジャック・ル・マロワ賞(フランス・ドーヴィル競馬場・芝1600m)を制し、ヨーロッパのG1タイトルが初めて日本に持ち帰られていた。これに続くエルコンドルパサーの快挙で、一気に日本の海外遠征熱は上がっていった。
 翌2000年はアグネスワールドがジュライCに勝ち、01年は香港国際招待レースで日本馬が3勝(ステイゴールド=香港ヴァーズ、エイシンプレストン=香港マイル、アグネスデジタル=香港カップ)と大暴れ。さらに02〜03年はエイシンプレストンがクイーンエリザベス2世カップ(香港・シャティン競馬場・芝2000m)を連勝している。そして05年にはシーザリオがアメリカンオークス、ハットトリックが香港マイルを制し、今年のハーツクライやコスモバルク(シンガポール航空国際C)の活躍につながっていく。

 このように、いまや世界で活躍するのが当然とでもいえる状況になってきた日本の競馬だが、凱旋門賞だけは、そう簡単ではない。02年には菊花賞、天皇賞・春、有馬記念を制したマンハッタンカフェが挑戦したが、屈腱炎を発症し13着に惨敗した。04年にはJC、宝塚記念を制したタップダンスシチーが挑戦するも、輸送機の故障のためレース2日前にフランスに着く強行軍を強いられる。さすがにこれでは能力を発揮できずに17着に敗れている。



 しかし、今年は違う。そう、日本の史上最強馬かもしれないといわれる五冠馬ディープインパクトが出走する。今年こそは、エルコンドルパサー以来の「勝ちに行く凱旋門賞」。そのレースが待ち遠しい。

 

■2002年凱旋門賞
着順 馬名 性齢 タイム(着差) 騎手 斤量
1 マリエンバード 牡5 2.26.7 L.デットーリ 59.5
2 スラマニ 牡3 3/4馬身 T.テュリエ 56
3 ハイシャパラル 牡3 1/2馬身 M.キネーン 56
13 マンハッタンカフェ 牡4 --- 蛯名正義 59.5
 
■2004年凱旋門賞
着順 馬名 性齢 タイム(着差) 騎手 斤量
1 バゴ 牡3 2.25.0 T.ジレ 56
2 チェリーミックス 牡3 1/2馬身 C.スミヨン 56
3 ウィジャボード 牝3 1馬身 J.ムルタ 54.5
17 タップダンスシチー 牡7 --- 佐藤哲三 59.5

 

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