エルコンドルパサーの挑戦

 

●国内の難敵たちとの攻防

 エルコンドルパサーはキングマンボ産駒の外国産馬(米国産)である。1997年秋、2歳(現表記)でデビュー。ダートの新馬、500万下を7馬身、9馬身差で圧勝。芝に進路を変えて共同通信杯に出るが、なんと雪のためダート変更になり、やはり楽勝した。こうなると問題は芝適性だが、一息入れたニュージーランドTで出遅れながら2馬身差の圧勝。断然の1番人気となったNHKマイルCもシンコウエドワード以下を問題にせず、あっさり勝ってしまった(このときの6着マイネルラヴ、7着エアジハードは後のG1馬)。
 5戦5勝、しかも、すべてがけた違いの強さ。外国産馬でダービーには出られなかったため、この年のダービー馬スペシャルウィーク(5馬身差で圧勝)とどちらが強いのかと話題になった。また、このときは骨折で休養中だったが、同期の同じ外国産馬・朝日杯3歳Sを無敗で制していたグラスワンダー(4戦4勝)と比較する声もあった。もしかして、秋には凄い対決が見られるんじゃないか。競馬ファンたちは興奮しながらその日が来るのを待ったのである。

 そして、その秋。10月11日の毎日王冠で、待ち望んだ対決が実現する。5連勝で宝塚記念を制した「史上最速の逃げ馬」サイレンススズカ、骨折から復帰したグラスワンダー、そしてエルコンドルパサー。G1でもないのに、また9頭立てに過ぎないのに、東京競馬場は13万人もの観客を集めた。
 結果は、4歳馬サイレンススズカの圧勝。エルコンドルパサーはよく追い詰めたが、2馬身半差の2着が精一杯だった。グラスワンダーは果敢にサイレンススズカを負かしに行ったが、休み明けの不利もあって5着に終わってしまった。
 エルコンドルパサーの次走はマイルチャンピオンシップという手もあったが、敢えてジャパンカップを選ぶ。この年は外国馬が小粒だったものの、距離が不安視されてダービー馬スペシャルウィーク、天皇賞馬エアグルーヴに次ぐ3番人気という評価だった。しかし、距離なんかまったく問題ないとばかりに早めに先頭に立ち、直線はおいでおいでの圧勝劇。2着エアグルーヴに2馬身半、3着スペシャルウィークはさらに半馬身の差をつけた。



 毎日王冠でグラスワンダーを、ジャパンカップでスペシャルウィークを降したエルコンドルパサーは、名実ともに最強の3歳馬の栄誉を手にし、最優秀4歳牡馬(当時の表記)に選ばれた。これで、国内に思い残すことはない。陣営は、翌99年のヨーロッパ遠征を決意した。

凱旋門賞の死闘

 99年4月、エルコンドルパサーはフランスのシャンティーへ渡った。目標はあくまで凱旋門賞。しかし、それまでに何戦かG1を使う予定だった。
 5月23日、海外緒戦のイスパーン賞(フランス・ロンシャン競馬場・芝1850m・8頭立て)を迎えた。直線で先頭に立ったが、ゴール前クロコルージュ(本邦輸入種牡馬)に一気に来られて4分の3馬身差の2着に敗れる。JC以来の久々、初の海外競馬を考えれば、上々の内容だと陣営は考えた。

 2戦目はイギリスのブリガディアジェラードSという案もあったが、輸送のリスクを考え、フランスのサンクルー大賞(サンクルー競馬場・芝2400m・10頭立て)を選ぶことになる。なんと負担重量は61キロという極量で、相手は前年の凱旋門賞馬サガミックス、欧州年度代表馬ドリームウェルなどの豪華メンバー。凱旋門賞への試金石としてはこれ以上ないレースだが、さすがに苦戦が予想された。
 しかし、エルコンドルパサーは強かった。余裕十分に先行馬群の後ろにつけ、直線では楽な手応えで逃げるタイガーヒル(当時のドイツ最強馬。凱旋門賞5着のあとJCに遠征し3番人気10着)をあっさりと交わし、2馬身半の差をつけて圧勝した。ヨーロッパの2400mG1に勝った日本調教馬は、もちろんエルコンドルパサーが初めてだ。これは本物と、現地のマスコミも凱旋門賞の有力馬に取り上げるようになった。

 このあとフレグモーネになったりもしたが回復し、9月12日に前哨戦のフォワ賞(ロンシャン競馬場・芝2400m)を使う。3頭立てで終始マークされ厳しい競馬だったが、直線内から出たボルジア(凱旋門賞7着→JCに遠征し6番人気8着)を差し返してクビ差勝った。これで、「東洋から来た得体の知れない馬」ではなく、押しも押されもせぬ「優勝候補」として、エルコンドルパサーは凱旋門賞に臨むことになる。



 10月3日、その日はやってきた。凱旋門賞は14頭立て。馬場状態はかなり水を含んだ不良である。相手は、この年の「キングジョージ」と「チャンピオンS」を連勝してきていた欧州古馬最強馬デイラミ、そしてフランスダービー、アイルランドダービーの覇者で3歳最強馬モンジュー。ほぼ三つ巴というのが戦前の評価だった。

 ゲートが開き、逃げたのはなんとエルコンドルパサーだった。ゆったりとしたペースで進み、ファルスストレートまで馬順はほとんど変わらない。そして最後の直線。エルコンドルパサーが満を持してスパートし、いったん後続を突き放す。これは勝てるか。現地のスタンドで、そして日本のテレビの前で実況中継を見ていたファンたちは一瞬、やったと感じた。しかし、ゴール前200mあたりかで後方からモンジューがやって来る。いったん交わされたがエルコンドルパサーもしぶとく食い下がり、残り100mからはクビの上げ下げ。どっちか、どっちか。しかし、最後は力尽きるように2分の1馬身敗れてしまった。3着クロコルージュは6馬身差。「チャンピオンが2頭いた」と地元紙は称えた。

 

■1999年凱旋門賞
着順 馬名 性齢 タイム(着差) 騎手 斤量
1 モンジュー 牡3 2.38.5 M.キネーン 56
2 エルコンドルパサー 牡4 1/2馬身 蛯名正義 59.5
3 クロコルージュ 牡4 6馬身 J.ジャルネ 59.5

 

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